俺と鬼と賽の河原と。





 とある日の、自宅にて。


「暇だな……」

「……暇です」

「珍しいな、藍音さんが暇だなんて」

「拭き掃除、モップ掛け、洗濯、食事、窓拭きまで、全部終わってしまいました」

「ご苦労さん……、ってか苦労を掛けるね藍音さんには」

「それは言わない約束です」

「で、まあ。そうか、お前さんも暇か。だったら」

「なんでしょう」

「老人の昔話に付き合わないか?」

「……良いでしょう」



 彼は知らないだろうけど、私は。

 私は彼が先生と呼んでいた人の日記を、読んだことがある。

 日記。

 それまでは、ほとんど一行で終わるような日記だった。

 そして、彼が来てからは、楽しそうに文の量がやたらと、増えていた。

 そんな日記の持ち主に、私は興味があった。







「ありゃあ、あの人に連れてこられて、一週間が過ぎてねー位だったかな」


 そう言って、彼は語り始めた。





其の一の前の二 俺とお前と昔話。それから編。






 如意ヶ岳憐子の日記から抜粋。



 今日は、変な子供を拾ってきた。

 何故山に来たのかと尋ねたところ、

 化生は山に居るものだと帰ってきた。

 今一つ無愛想だが、面白い奴だ。




 おかしい。

 最近やたらと気遣われている気がする。

 いつも乱雑に置かれていた書簡や書類が最近綺麗に並べられ、しかも重要度の順に重ねてある。

 そして、喉が渇いたと思えば茶が出てくるし、小腹がすいたと思えば、軽食を持ってくる。

 おかげで仕事が進むのが格段に速い。

 ここまでくれば馬鹿でも気付く。

 薬師だ。以外にも有能。

 良い拾い物をしたかもしれない。








 あれから、数日。

 俺は憐子の秘書の真似事をやっていた。

 今現在、彼女の家に寝泊まりしている訳だが、何をすればいいと聞いたところ、お茶汲みでもやっていろ、と言われたのだ。

 よって、今日も彼女の執務室へと俺は向かう。

 彼女の家から歩いて三分要らないところに、その建物はあった。

 いわゆる、役所だ。

 彼女の執務室から始まり、如意ヶ岳の公の仕事の大体はここで行われる。

 そんな、木造の廊下を俺が歩いていると、俺はとある人物とすれ違いそうになり、そうはならなかった。


「ひゅっ!!」


 相手がいきなり立ち止り、奇声を発して仰け反ったからだ。


「……誰だか知らないが、いきなりひゅっ、とか言われて仰け反られるようなことをした覚えはないんだけどな」


 顔をまじまじと見ると、やたらでこぼこだった。

 まるで、こっぴどく殴られたように見える。


「おまっ、俺だよ俺っ」

「知らん。お前の様な顔の腫れた男に覚えはない」

「お前が腫れさせたんだろうがぁ!!」


 その突っ込みで、俺の記憶はやっとつながった。

 ああ、そう言えば殴ってたね、人。それもぼっこぼこに。


「……正直すまんかったと思ってる」

「遅いっ!!」

「うるせー、あんときゃ切羽詰まってたんじゃー、殴るぞ」


 俺の言葉に、男はやけに激しく反応を返した。


「ひぃ、殴らないでっ!! じゃない! まったく。まあ、確かにこっちの勘違いでもあったしな」


 どうやら、意外と話のわかる奴だったらしい。

 俺の行為は精神的外傷になってしまったようで申し訳ないが。

 ともあれ、納得してくれたようだし、こちらから云々言うのは野暮というものだろう。


「おう、まあ、こっちも悪かったと思ってるよ。つーこって、ちょいとお仕事に行ってくる」


 言って、俺は再び歩き出した。


「ああ、あのお方の手伝いをやってるんだったか。頑張れよ」


 その言葉に適当に手を振って返事とし、執務室への角を曲がる。

 そして、そのまま右へともう一度曲がり、机の上に乱雑に置かれた書類が、目に飛び込んでくる。


「……またか」


 憐子も、他の天狗もだが、細かい作業を嫌うというか、繊細とは無縁というか。

 どうにも大雑把に感じられるのは気のせいか、それか、書類を置いていく天狗と憐子だけがそうなのだと信じたいが。

 ともかく、俺は溜息を吐きながら書類を改めていく。


「やたら滅多ら、上に何でも上げていくのはどうかと思うんだがな」


 ちょっと判断に困ることは上任せ、というある種天狗らしい無責任さが如実に表れていると言えよう。

 仕方がないので、果てしなくどうでもいい案件は勝手に裁定を下して横に。

 そして、普通の書類は仕分けして、机の上に置いておく。


「さて。次は、茶か」


 言うと俺は湯を沸かすために部屋の外へと向かうのだった。











 もう一度執務室に入ると、そこには憐子がいる。

 盆を持った俺は、その隣へ近づくと、湯呑みを置いた。


「茶だ」

「ん? ああ。ありがとう」


 書類を見つめていた憐子は、そこから目を離し、俺を見て、すぐに視線を戻す。

 その顔には、笑み。

 いつも彼女は愉快そうに笑っている。

 俺は別段言うこともなかったので、部屋の隅に控えた。

 そのようにしてしばらく経ち。

 不意に、声が響いた。


「書類が最近整理されてるんだけど――、薬師かな?」


 彼女は振り向いていない。

 だから、表情はわからないが、特に何がある訳でもなし、正直に答える。

 きっと、彼女は笑んでいるのだろう。


「他に誰が居る。言わせてもらうが、どいつもこいつも大雑把すぎる」


 今と比べ、数段と無愛想な俺の声に、彼女は愉快気に肩を震わせた。


「痛いところを突くな、お前は。私もわかってはいるんだよ。向いてないのは」

「なら初めからやるなと言うんだ。身の丈に合わないことをすると身を滅ぼす」


 目の前に居る女性は、あまりに指導者に向いていないのではないかと思う。

 ずぼらで大雑把だし。


「中々重々しいことを言うな。それにしても」

「それにしても?」

「薬師は字が読めるのか」


 問うでもなく、確認するような言葉に、俺は肯いた。


「家の当主の伯父貴は働かなかったからな。雑務は全部俺の仕事だった」

「……ほお? 坊っちゃんだったのか」

「てんで全く。坊っちゃんどころか働かなきゃ餌をもらえんよ。まあ、当然だな」


 働かざる者食うべからず、であると同時に、捨てられてもおかしくなかった故、働けば飯がもらえるのはまあまあ幸運だった、とも言える。

 しかし、どうにも目の前の大天狗殿は、俺がここに居ることに疑問が尽きないらしい。


「でも、当主の妹の息子なんだろう? 黙って屋敷に居た方が楽だったんじゃないか?」


 その言葉に、俺は嘆息した。


「あっちはどろっどろだよ。母を溺愛する祖父母と、それを目の上の瘤に思う伯父貴、そして何をする気もない母。息が詰まってしゃあねえ」


 これで無関係なら黙って過ごせるが、生憎と俺は当主の妹の息子だった訳だ。

 やはり、目ざわりに思われていたようで、俺が伯父貴の代わりに雑務をこなせる人間じゃなかったら、とうの昔に死んでいただろう。

 今になって思い返してみると、どこの昼ドラなんだか。

 そんな俺の家庭事情に納得したのか、彼女は肯き、俺の方を見た。


「ふむ、そうか。まあいい。それより重要なのは、あれだ。お前が十分に役に立つことだ。ありがとう、助かってるよ」

「そいつは良かったな」

「もっと喜べ。私が褒めてるんだぞ?」

「感涙に咽び泣いてるよ」

「まず既に声がむせいでない訳なんだけどな?」

「無論嘘だからだ」


 途端に沈黙が部屋を支配する。

 別に気まずいと思うこともなかったが、かといって愉快な空間でもない。

 数十秒ほどの時間が経って、

 はて、どうしたものだろうか、と思った瞬間、憐子が立ち上がった。

 そして、俺の元に歩いてくる。


「薬師は、無愛想だな」


 言いながら、彼女は思わず身構えた俺の頬に触れた。

 温かい。


「悪いか?」


 彼女は笑う。

 笑って、首を横に振る。


「別に構わないよ」


 そして、だが、と彼女は付け足した。


「――そのお前の仏頂面を笑わしてみたいと思うけどね」


 俺は思わず目を丸くして、ぺたり、と彼女に触れられてない方の自分の頬に触れた。

 そう言えば、まるで、顔面の筋肉を使用してない気がする。

 理由は、言わずもがなだろう。

 そして、考える。

 果たしてなんと返せばいいのだろう。

 俺の頬に触れる温かさを、離したくはなかった。

 だけど、良い言葉など持っちゃいない。

 自覚もある。俺は口下手だ。

 それでも、頬に伝わる温かさは気持ちよかったから。

 俺は不敵に笑って現在に至るまで、思っていたことを叩きつけた。








 薬師は本当に面白い。

 ああ本当に面白い。

 今日も書類は綺麗に片付いていて、聞けば薬師は素直に肯いて見せた。

 どうやら、屋敷内の仕事をこなしていたらしい。

 まあ、それは良いとして。

 私は言った。

 そのお前の仏頂面を笑わせてみたいと。

 そう言って私は笑った。

 だが、だが薬師は、不敵に微笑んでこう言ったのだ。




「――俺は能面みたいに笑うあんたを本当に笑わしてみたいけどな」




 ドキドキした。

 唐突に胸が高鳴る。

 それは殺し文句だよ薬師。

 好み次第ではころっと落ちてしまうかもしれない。

 でも、悟られまいと私は余裕の顔を取り繕う。

 ああ、こいつはきっといい男になるんだろう。






「格好いいな。ちょっとドキドキしたぞ? お姉さんは」

「そうかい」


 彼女はいつも笑ってる。

 笑ってるのに、空虚だ。

 笑っているはずなのに、笑えない方が、重傷だと思った。


「ああ、きっといい男になる」


 俺の目の前で、彼女は笑っている。

 そして、頬にあった手は離され、何故か、体をまさぐられていた。


「……なんだ」

「いや、もやしかと思っていたが、意外といい体をしているな」


 そんなことを言うために俺は体をまさぐられたのか。

 と、俺は溜息を一つ。


「親父の家に居た時のだな。親父が暴走しても大丈夫なように鍛えてはいたんだよ」


 無駄になったがな。

 結局、親父は節度をもって家庭内暴力に徹していた訳だ。

 そんな苦労を知ってか知らずか。

 憐子は不意に何か思いついたような顔になった。


「そうだな……、とはいってもまだまだだ。筋肉だって、子供にしては、だ。大人レベルではないし、ちょっと強い妖怪とやりあったらやばいだろう」


 れべる、ってなんだ。と、当時の俺は思う訳だが、雰囲気はつかめたので肯いておく。


「あんたは何が言いたいんだ?」


 そして、彼女は言ったのだ。


「あんたじゃなくて、今日から先生と呼べ。私がお前を、鍛えてやろう」


 この言葉に、俺は顎を落とすしかなかった。




「無論、肉体も、知能も、――精神も、な」











「つーわけで、俺の鍛錬が始まった訳だ」

「……手取り足とり、教えてもらった訳ですか」

「まあな」

「なんだか、光源氏の陰謀の香りがします」

「なんだそりゃ」

「好みが見つからないなら、自分で作ればよろしい、と言うお話です」

「意味がわからん」

「貴方もそうなのでは?」

「もっとわからん」

「私などはもう、貴女好みの味付けに……」

「いい加減にせんと突っ込むぞ?」

「……私の中に突っ込んでくれるなら喜んでお受けしましょう」

「下ネタかよっ!」









 今回抜粋された日記には、実は、最後に書きたされた一文があった。



 薬師は本当に面白い。

 ああ本当に面白い。

 今日も書類は綺麗に片付いていて、聞けば薬師は素直に肯いて見せた。

 どうやら、屋敷内の仕事をこなしていたらしい。

 まあ、それは良いとして。

 私は言った。

 そのお前の仏頂面を笑わせてみたいと。

 そう言って私は笑った。

 だが、だが薬師は、不敵に微笑んでこう言ったのだ。


「――俺は能面みたいなあんたの面を本当に笑わしてみたいけどな」


 ドキドキした。

 でも、悟られまいと私は余裕の顔を取り繕う。

 ああ、こいつはきっといい男になるんだろう。




 ――その時は気付いていなかったが。
   今にして思えば、これが私の恋の始まりだったのかもしれない。





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―――
と、言う訳で今回も過去編でした。
次回からはいつものに戻ります。
見事、薬師はフラグ第一段階を打ち立てましたとさ。
この辺りから既にフラグマスターの片鱗が。


では返信。


奇々怪々様

七十にしてやっと過去編が始まりましたね。
薬師は若いころから既にドSだったようです。
そう言えば確かに一人で行かされたっぽいですね、照れ隠しに。まあ、どうせ二人でなんでしょうが。
アンパンマンの彼は、里の子供から怖いと評判です。


ミャーファ様

初仕事にして運がなかった。そして、トラウマに。
向いてないのかも、ときっと悩むことでしょうが、乗り越えてきっと強くなってくれると。
ちなみに先代も仲間に引き入れるのは多々あったようですが、少年を拾ってきたのは薬師一人だった模様。
現在同棲中。


光龍様

実はスーツは下詰神聖店先代店主謹製のオーダーメイドだそうです。
ちなみにネクタイはしない派だそうです。
確かに、憐子さんはどっか変な空気があったりしますね。
まあ、どうせ大妖怪なんて皆病んでるんだし、ましな方かと。


春都様

脈々と受け継がれる子供拾いの趣味。
次は誰に受け継がれるのでしょう。
そして、既に先代のフラグ三十%位完成してたり。
フラグマスターは怖いです。


f_s様

一子相伝の拾い癖、果たして薬師の家族の誰が会得するのでしょうか。
藍音さんはどちらかと言えば、過去に戻ってショタな薬師を拾いたいと思ってるのでしょうね。
先代は現在の話の段階においては消滅したことになってます。
回りくどい言い方なのは、お察しください。ぶっちゃけると二択で確定してないからなのですが。


通りすがり六世様

神隠しは紳士のスポーツ……。
隠された方はたまったもんじゃないっすね。
きっと強面の彼の方は勘違い物の主人公になれる。
と、言うことで今回も過去編でした。


ヤーサー様

あの頃は若かった、ということなのでしょう。
見事に偶然と幸運で勝ちましたからね。流石主人公。
これからは、ぽつらぽつらと過去編をはさんでいきたいと思います。
このまま行くと、最終的には皆で話を聞くことになりそうですね……。


Eddie様

私も死ぬときは、萌死がいいです。
しかし、流石アンサイクロです……。
いやはや、現在と違って薬師に余裕がないのですね、ええ。
現在は余裕をもってフルボッコにしてますから。




最後に。

クロスカウンターフラグスタンドっ! これが匠の技ですっ!!


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