俺と鬼と賽の河原と。




 ――ある日の午後、家にて藍音と。


「先代大天狗とは……、どのような方だったのでしょうか?」

「なんだい藍音さんよ藪から棒に」

「……いえ、戯言です、お気になさらず」

「そっちこそ気にすんなよ。気になるなら、きっちり語るぜ?」

「いいのですか?」

「問題なっしん。最近あの人を思い出すことが多くて、丁度いい位だ」

「では、お願いします」

「おう」




 そのようにして、俺は一拍置いて口を開いた。




「まずは出会いから、か? うん。あれは俺が天狗であることを自覚した時だったが――」






其の一の前の一 俺とお前と昔話。出会い編







 ある日、俺は家を抜け出て山へと向かった。

 理由は簡単、自分が天狗になっていることを自覚し、同時にこのまま家に居る訳にもいかないことを理解したからだ。

 ただでさえ厄介なのに、この上に問題が積み重なるとやはり、家にはいられない。

 それぐらいの判断ができるほどの頭はあったし、なんとなく、どうにかなる気はしていた。

 何故なら、己は人外だからだ。

 そんな、言いようのない確信を以って、俺は山に足を踏み入れた。


「……馴染む」


 思わず呟く。

 なるほど、人外が身を隠すにいい場所は他にない。

 納得した。

 昔から、言われたものだ。

 山には化生がいるから近づくな、と。

 そして、夜にもなれば、大人すら近づかない。

 これほど、隠れ住むに適した場所は無いだろう。


「さて……、これで穴倉でもあればめっけもんだけれども……」


 過度の期待はできない、甘い期待を振りはらい、首を左右に振る。

 当面のねぐらを得るまでは、きっと野宿だ。

 仕方のないことだ、と俺は覚悟を決め。

 当時十二、その年で十三だった俺は、今よりずっと低い視点で、山の上を見つめ歩き出した。

 ちなみに、その頃は元服していない。させてもらえる予定もなかったし、呆けた母とそのやる気のない当主の伯父の代わりに雑用を終生こなして生きていくのだと思っていた。

 そして、しばらくの時間が経ち、予想外にも同族と出会うこととなる。


「止まれ、お前、天狗だな? どこの山だ?」


 不意に天から落ちてきた声に、はっと俺は空を見上げた。

 そこには、黒い翼をはやしたヒトが二人。

 眼帯をした、ざんばら髪の巨漢と、線の細い、長髪の青年が一人。

 このままでは拙い、どう考えても、友好的ではない。

 なにか、言わなければ。


「いや……、俺は――」


 言おうとして、自分が何も知らないことに気付く。

 どこの山?

 天狗は山ごとに集落を造って暮らしているのだろうか。

 当時は今ほど天狗について詳しい伝承もなかった。

 そのため答えに詰まったのだが、それを目の前の同族たちは別の方向に捉えたらしい。


「怪しいな……、ちょっと来い……!」


 語気を強めて言われる。

 その時点ですでに悟っていた。

 勝負したら勝てないだろう。

 二対一、そしてこちらは今日天狗になった素人。

 しかも子供だ。

 真っ向からやってもまったく勝てる要素がない。

 しかし、このまま好きにさせては、相手は人間ではない以上、人の理は通用しないかもしれない。

 最悪、即座に食われる可能性も捨てきれない。

 知識不足もあり、俺は相手に従うことを危険と判断した。

 だから、


「いや、遠慮しておくよ」


 真っ向から勝負しないことにした。

 正々堂々が無理なら、卑怯でいけば良い。

 言いながら、風を起こす。

 自分の意思で風を起こしたのは初めてだったが、意外なほどうまくいった。

 どころか、加減を間違い、ちょっと頭部に衝撃を加えるだけのつもりが、体ごと吹き飛ばして木にぶつけてしまったほどだ。


「ぎっ!! があっ……!」


 そのまま天狗の一人は木を滑り落ちるようにして、動かなくなる。

 初手の奇襲が成功。

 俺は心中で一つ息を吐いた。

 五分五分の賭けだったが、上手くいったらしい。

 人間相手なら八割方成功する奇襲でも、天狗相手ならどうなるか分からない、出たとこ勝負だったのだ。


「なっ……、貴様やっぱり!」


 もう一人が一拍置いて反応。

 一足飛びに接近して、俺は鳩尾に肘を打つ。

 ギリギリ間に合った。


「ぐっ……!」


 相手が相手だからどうなるか分からなかったが、どうやら天狗の構造は人体と同一らしい。

 人間に比べるとよっぽど反応が薄いが、怯んだ。

 その隙に、俺は相手の太腿あたりに組みついた。


「うおおおおおおっ!」


 雄叫びをあげ、地面に引きずり倒す。

 そして、相手が何かする前に、俺はその上に飛び乗った。

 そのまま殴る。

 殴る。

 殴る。

 風を使うことは考えなかった。

 使い慣れない武器よりも、馴染んだ拳の方が、よっぽど信頼できた。

 もし風を使うなら、加減が利かない分、迷ってしまうだろう。

 その隙に、やられてしまうかもしれない。

 だから、相手に何かをする暇は与えない。

 ひたすら殴る。

 そう簡単に人は失神しないことは身を以って知っている。

 だから、相手が動かなくなるまで殴り続けなければならない。

 この状況は、かなりの低確率で発生している。

 相手の油断、天狗の構造が人体とさほど変わらないこと、相手の強さ、他にも数々の偶然の元にこの状況は成り立っている。

 当時戦闘経験など無い俺には相手の強さなど測れなかったし奇跡、と呼んでも差し支えないと思っていた。

 だから、ずっと気を張り詰めていた。

 そして多分、初めての実戦で、興奮していたのだと思う。

 そりゃ親父のところに居た時に喧嘩の一度や二度は経験しているし、殴られたりすることにも慣れている。

 しかし、殺し合いは初めてだった。

 しかも、殺す側は。

 だから、止まれなかった。

 気を抜けば死ぬ、そんな極限状態だったから、俺は相手が気絶してることにすら気付かなかった。

 果たして、どれ程殴り続けていたのだろうか。

 時間の感覚はない。

 果たして、一分か、三十秒か、はてまた一時間以上殴り続けていたのか。

 そんな時、俺に声がかかった。


「少年、少年。少し手を止めてくれないかね。部下が死んでしまう」


 俺ははっと顔を上げた。


「?」


 そこには、時代にまったくそぐわないスーツを着た女性が立っていた。

 もっとも、その時の俺には、不思議な着物だとしか映らなかったが。

 だが、それ以上に印象的だったのは、やたらと長い黒髪だろう。

 まっすぐに下りていくそれは、あっさりと地面に着いてしまっている。

 容姿の年齢は、この時点ではずっと大人だと思っていたが、大体十七、八位だったんじゃないかな、と今ではそう思う。


「少年、君は何者かな?」

「……天狗」


 そんな俺の言葉に、相手は苦笑して見せた。


「奇遇だな。私もだよ」


 対して、俺は警戒心を深める。

 敵意はないが、今倒した奴らの上司だということは、わかっている。

 だが、彼女は見透かしたように言った。


「そう警戒してくれるな。若いな、年は?」


 相手の指向が読めないため、俺は憮然と返さざるを得ない。


「今年で十三」


 すると、今度こそ彼女は、目を丸くし、驚きを表現した。


「若いどころじゃないな……! と、いうことは最近変わった奴か。なるほどなるほど?」


 そして、驚き一人で納得する。

 果たして、どうしたものだろうか、悩むが事態は勝手に進む。


「少年、何故山に来た?」


 山に来た理由、その答えを俺は持ち合わせていなかった。


「……深い考えは。化生は山に棲むものだと」


 この時点になって、気付いた。まったく何も考えてなかったな、と。

 本当にノリと勢いだけで突き進んでいたと言っていい。

 迷えば、それきり足一本とて動かせなかったろう。

 だが、何故その反応が気に入られたのか。

 彼女は、何故か大笑いした。


「っく、ははははははっ! そうだな、まあ基本だなっ」


 果たしてこの時、彼女は何を想ったのだろうか。

 憐憫か、同情か、それとも、興味だろうか。


「少年、名は?」

「如意ヶ嶽薬師」

「奇遇も奇遇。本当に奇遇だな。私は如意ヶ岳 憐子」


 だが、俺にとってはどれでもいいことだった。

 にょいがだけ、れんこ、そう名乗った女性。


「そうだ、薬師よ。来るか?」


 その時の俺には、余裕がなかった。

 だから。

 馴れ馴れしいとか、突拍子もないとかそんなことを考える前に――。

 まるで吸い込まれそうな黒い瞳を見つめて。


「そうかそうか……、じゃあ行こうか!」


 まるで、魅惑の魔眼にでも掛ったかのように、俺は肯いていた。









「と、まあ、これが俺の始まり、かな?」


 あの人に出会って、俺は天狗として始まったんだと思う。


「なるほど、わかりました」


 話し終えた俺に、藍音は何事かを肯いた。


「……何が?」

「……貴方の趣味のルーツが」

「……言いたいことはそれだけか」

「それと、下っ端とは言えコミュニティに属する天狗を倒すなんて、無謀ですね」

「それはまあ、後になって自覚済みだよ。かなりの無茶だった。最悪山丸ごとで追われてたかもしれんからなー……」

「馬鹿ですね」

「……悪かったな」

「……馬鹿でいいと思います」

「なんだよ」

「……私はその結果、馬鹿な貴方に救われましたから」

「そうかい……」

「では……、買い物に付き合ってくださいますか?」

「照れるなよ、ま、いくらでも付き合うけどな」

「……照れてません……」


 ――後、近くのスーパーで彼の姿が目撃された。



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―――
其の一の前の一です。
ぶっちゃけると、本編開始前外伝的お話です。
これから、ちらほらと過去が開帳されたりします。
ええ、最近翁編の反動か糖分過多だったのでちょっと控えめに。
対比にして糖分:その他で、10:1位ですが。
ついでにですが、こちらもホームページの方にいずれ格納します。
こちらに無くなってから読み直したいという方はお手数ですが、サイトの方までお願いします。


ああ、後どうでもいい設定があったり。


大悟 (奇襲でフルボッコにされた方)

人間からの変化で、歩哨歴五年のベテランだが、あんまり強くはない。
ぶっちゃけ、職場の先輩タイプ。優しい声をしている。
強面なのが悩み。
身の丈二メートル近い巨漢。眼帯してるおかげで余計に怖い。


小太郎 (マウントポジションで顔面殴られまくった人)

自然発生した天狗で、新人も新人。
先輩の大悟に連れられての初仕事にして、フルボッコな目に会う。
ぶっちゃけると実力は、戦闘経験もないし、十三の薬師とどっこい。
身長百六十センチくらい。時代的には十分でかい。髪が長い。



では返信を。


ミャーファ様

果たして、彼女にカリスマがあった日はいつだったでしょう。
平平平平編か……、ブライアン地獄危機編か……。
どちらにせよ二十話にして早くもカリスマ終了ですね。
まああれですね、最強モノらしく事件はスパッと快刀乱麻に一刀両断されることでしょう。


奇々怪々様

正に男の夢の体現者。
しかし本人がありがたがらないのが殺意のわく理由ですね。
ただ、むしろ彼が僅かでも人並みなら、何回理性が焼き切れていることでしょう。
薬師ならきっと、風呂くらいなら入れるでしょうね。ええ、あれは仏の如しですから。


春都様

まあ、あってもなくても使わないものではありますが。
もがない方がヒロインズの幸せ的にもよろしいでしょうね。
このままだと結局使わなさ気ですが。
シリアスは二、三話後ですかね。もしかしたらもっと伸びますが。


蛇若様

見事な砂糖で固められた旗でした。
半分はドS、もう半分は優しさ。
リバーシブルですよ。くるりと一回転でドSモードです。
スライム……、スライムがもしも上位入賞したら未曾有の災害ですよ。


光龍様

果たして閻魔様が嘘を吐いたのか、薬師の手が触れたからびっくりしたのを薬師が自爆しただけなのか。
真相は本人のみが知る、と。
彼女のお家が一週間で聖域なのは、きっと忙しかったからでしょう。きっと。でないととても残念な……。
ええ、京都編に関しては薬師と先生のお話も関わってきますからね、始まるにしばらくかかりそうですが。


通りすがり六世様

紳士のスポーツのルーツは先代大天狗にあった……!!
閻魔さまはもうぐでんぐでんですね、ええ。
気が緩みきってますよ。気を許しまくりというか。仕事中はきっとそうじゃないと信じたいです。
ちなみに、由比紀は、ゆいこです。ええ、読みにくいっすね。もうしわけない。


黒茶色様

多分、休みが終わるまでいたんじゃないかと。
その間べったべたで膝に乗ったり、食べにくいからとか言って横座で閻魔が薬師にあーんさせたり……。
……諦めたら人生終了ですよ。
なので諦めず山にこもって滝でも浴びたいと。


Eddie様

一度、人を萌え死にさせたかったんですっ!
夢がかないましたっ。
とさわやかに言ってみましたが、萌え死ってどんな状況なんでしょう。
余りの萌えに心停止する、とか?


f_s様

いろんな意味で聖域ですね、あそこは。
由比紀と美沙希ちゃんが住んでるという、良く考えると百合にもっとも適した聖地ですね。
しかし、今回は閻魔でしたが、次回はどうしましょう……、メインヒロイン勢は大体出したのですね。
玲衣子は李知さん編終了まであまりできるだけ控えたいですし。


ヤーサー様

一週間ですから、きっとゴミ屋敷ワンランク上位かと。オリジンは魔境ですから。
むしろサンクチュアリの力を借りるのが薬師を落とすに一番効果的な手段ですね、現状。
シリアス編は、京都と東京を呪力的に繋げることで〜が――、とかいうことになるつもりです、はい。
現状は由壱君は剣術も魔術も習う予定はないですね。予定では面倒臭そうな能力が付きそうですが。



最後に。


翌日、殴られていた方の御顔はアンパンマンになりました。






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