俺と鬼と賽の河原と。





「あんたじゃなくて、今日から先生と呼べ。私がお前を、鍛えてやろう」


 そんな話があって、俺は先生と修行をすることになった。

 異存はない。

 強くなれるならそれに越したことはないし、個人的に先生は嫌いではない。

 修行を付けてくれるというのなら、望むべくもなかった。

 のだが……。


「違う、そうじゃなくてこう、ががっといってどばっとくるからずばーんと返すんだ。おーけい?」



「わからねえよ」





其の一の前の三 俺とお前と昔話と。そして編。





 空間がうにゃらうにゃらあってやたらと広い里の一角。

 小高い丘で俺はひたすら風を放っている。


「ずばーん、って……、こんな感じか?」

「んー、もう少し薬師は肩の力を抜いてこうすぱぁーっとすればいいんじゃないか」

「……わからねーよ」

「とは言ってもなぁ、感覚的なものはニュアンスでしか伝わらないものだよ薬師」

「もう少し伝える努力をするべきだと俺は愚考するが。それとにゅあんすってなんだ」


 相変わらず、先生は英単語を喋る。

 当然その当時の俺は知る由もなかったが、彼女の言葉は当時の古英語ではなく、現代にほど近いものだ。

 その時は全く不思議に思わなかったが、今になってみると実に不思議だ。


「ニュアンス、意味合いの微妙な違い、僅かな差異と言う奴だな要するに私のずがががーんからなんとか何かを読み取ってくれと言うことだ」


 俺はそんな言葉を一刀両断した。


「無理だ」


 というかせざるを得ない。

 俺にはそのような読解力に似た言語を読み取る力は標準装備されていないのだ。


「そんなこと言ってるが、それでも食らいついてくるから薬師は凄いよ」


 そう言って先生は苦笑いした。


「我ながら、向いてないんだろうな。教職は」


 確かに、向いてなさそうだ。

 これで普通の相手に教えたら、三日と持たないことだろう。

 しかし、生憎と俺は普通じゃない、というよりは暇だけは持て余していたから、いくらでも付き合うことができる。


「向いてねーのと良い悪いは同一じゃないと思うがね」


 それに、教鞭をとるのが初なら多少のことは仕方がないというものだ。

 その辺は過程で身に着くものだろう、と思った訳だが。

 ふと、先生を見上げると、彼女はにやにやと笑いながらこちらを見ていた。


「……なんだよ」


 憮然と返すが、彼女の笑みは変わらない。


「可愛いこと、言ってくれるじゃないか。惚れるぞ?」

「そいつはいいから擬音を使わない努力をしてくれ」

「生意気だな。そこが可愛い訳だが」

「誤魔化さないでくれまいか」


 言いながらも、風を放つ手は休めない。

 早いところ上手く加減できるようにならないとまったく使い物にならない。

 これが終われば組み手が待っているのだ。

 風なしじゃ一方的に殴られて終わる。

 等と言うよりも、修行が始まって一月、現在に至るまで圧倒的にぼこぼこにされているとでも言えばいいか。

 風が使えた程度で勝てる差とは思えないが、にしたって一矢報いることもできやしない。


「まあ、焦らないでもお前はその内強くなるよ。私の扱きについてこれるんだからな」

「比較対象もいないのに、それで言い切れるのか?」


 当然、弟子など俺が初にして一人である。

 なのに自分の扱きに、なんてことが言えるのだろうか、と思った訳だが。

 そんな言葉に先生は胸を張って見せた。


「私はまったく手加減してないからな!」


 思わず顎が落ちる。


「そいつはもしかしなくても、俺の修行は過剰だったりするという……」


 確かにおかしいとは思っていた。

 よく考えてみると幾ら天狗にしたって、人一人抱えて里中を走り回ったりしないはずだ。

 里は空間がやたら広くて四方十里以上あるのだ。

 天狗は人間じゃないからこれくらい当然なのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしかった。


「ははははは」

「ははは、笑って誤魔化さないでもらいたい」


 だが、先生は俺の後ろから首に手を回して……、


「抱きしめるようにして誤魔化すのもやめていただきたい」

「いや、でもその分成果は出ているよ。だから、いいだろう……?」


 耳元で囁くような言葉に、俺は思わずため息を漏らした。

 先生は隙あらば俺にひっついてこようとする。

 人との触れ合いが好きなのだ、と思う。


「つれないな、というか、少しひどいぞ? 私がこれをするのにどれ程の勇気が要ったか」


 少し前、彼女にどうして天狗になったのか聞いたことがある。

 すると、彼女は苦笑するように言った。


『寂しかったんだ。物心ついたら周りに誰もいなかった。だから仲間を求めたんだよ』


 寂しかったから、如意ヶ岳の天狗をまとめて見せた、と彼女は言う。

 だがしかし、彼女と天狗たちの距離はお世辞にも近いとは、言えない。

 だから、俺は。


「……拒否はしてない」


 恩とか、俺の半分を構成する優しさとか、そういうのを含めて、彼女を拒めない。

 それで彼女が楽しげに笑うのだから、余計にだ。

 少しだけ、俺の首元に回された手に、力が籠る。


「……! そうかそうか。お前は私のことが大好きなんだな?」


 茶化すような声。

 俺は適当に返した。


「否定はしねーよ」

「!」


 今一度、俺の首元に力が籠る。

 痛みはない。苦しくもない。

 大好きであることは肯定もしないが、否定もしない。

 何を言おうと気に入ってるのは変わりない訳で。

 ここで何を言った所で見え透いた嘘しか出てこない以上、開き直るほかない。

 そんな時、先生は俺の耳元で呟いた。


「なあ……、組み手をしようか……。今日は女殺しに優しく、ねっとりと教えてやろう……」


 表情は見えない。

 果たして俺は何を言ってしまったのだろうか。






 その日の組み手は、やたらと接近戦が多かったというか、近すぎたというか、関節技とか、投げ技とか寝技とか馬乗りになって殴る代わりに好き放題されたりと、やたら遊ばれたものだった。






 食事を済ませて、夜。

 電気というものがなかったこの時代は、夜となるとやることがほとんどないと言っていい。

 本を読むために明かりを使うというのもできるにはできるが、最近先生の教育の一環で難しい本まで読まされているため今一つそんな気分も起きやしない。

 そして、娯楽もない以上寝るしかない訳だ。

 が。


「枕は二つ、寝台は一つ。布団の用意を頼むと言い続けていたはずだがこれ如何に」


 ぶっちゃけると、俺は基本的に先生と同じ部屋に寝泊まりしている。

 寮とかなら普通にあるのにそうしないのは一重に先生のおかげどころか強権発動による強制だ。

 だから今日も、俺はこの木造の机と寝台しかない部屋で眠りに着く。


「余りにお前が床で寝ようとするので、今日は更に布団も一枚に絞ってみた」

「余計なことを……」


 先生の言葉に反応してそれを見ると、正にその通り、毛布どころか布団一枚しかない。


「ほら、今日は寒いぞ?」


 先生はにやにやと笑っている。

 無論、先生から布団を奪って寝るのは選択肢にない。

 それは本末転倒である。

 しかしまた、同じ布団で寝る、というのもお断り願いたかった。


「……床で寝る」

「風邪を引くぞ?」

「多少は丈夫なつもりだ」


 俺は天狗だ。

 風邪をひかない訳ではないが、人間よりは数段丈夫だ。


「本当に床で寝るのか……?」


 遊ぶような声音から少し変わって気遣わしげな声。


「おう」


 俺は頷く。

 すると、彼女は寂しげに笑った。


「そうか……。一人寝は寂しいんだがな」


 思わず、息が詰まってしまう。

 彼女の寂しい、の一言に俺は弱い。

 それは、多分俺も一人だったからだろう。


「おやすみ」


 彼女は俺に布団を渡して、それだけ言うと寝台の上に寝転がる。

 俺は、しばらくその背を見つめて――。


「……薬師?」


 布団と共に、寝台の上に寝転がった。


「風邪をひかれると……、困るからな」


 ぶっきらぼうに言う。


「……笑うなよ」


 後ろを向いた先生の肩は、震えていた。

 そんな彼女が、ぐるり、と体を反転させた。


「素直じゃないな」


 彼女は笑っている。


「察しろ」


 俺は憮然と返す。

 彼女の笑みは深まった。


「なあ」


 彼女は言う。


「私はお前を私好みの男にしようと思ってる訳だが」


 いきなりなんだ。


「性格は思い通りになってやる気はしないぞ」


 俺はわざとらしいほどにぶっきらぼうに返す。

 だが、やはり彼女の笑みは深まるばかり。

 そして、彼女は笑いながらこう言った。


「ふふふ、そういうひねたところが実に――。私好みだよ」


 彼女は楽しそうに、実に楽しそうに笑っている。


「……そうかい」


 まあ、楽しそうならそれでいいだろう。



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―――
と、言う訳で、次回シリアスになります。
まあ、なんで過去編挟んだのかと聞かれれば、時間稼ぎもあるのですね。
シリアス構想してすぐ書くと書きあがって、あれれ? な展開になったりしますから。

いやはや、最近微妙に忙しいです。
やたらと検定の補習が多くてですね。
残れるなら残れ、の方向ですからなかなか大変です。

そしてついでですが、人気投票も大詰めです。
果たしてこのままの順位で決まるのか。
投票の入れ忘れがあったら、お早めにどうぞ。あと二日で終了です。
ちなみに十日始まって終わるのか十日の午前零時に終わるのかわからないので九日に行ってくるのがお勧めです。

では返信。

Eddie様

遂に綺麗な薬師が誕生しそうです。
ショタ、ノーマル、シリアス、やさぐれと、今まで四種の薬師が登場していますね。
暁御は、ええ……、まあ。
シリアスで二、三話消費しちゃいますから……。


春都様

現世に突撃です。
一回やってみたかったんですね、藍音とのコンビで事件解決。
探偵と助手みたいじゃないですか。
今回はコンビですから銀子は同行ならずですが、彼女にもシリアスが用意されてますのでそれはその内。


DAS様

感想ありがとうございます。
まあ、基本的にじゃら男との絡みがありましたからね……。流石暁御影薄い。
今回のシリアスは藍音さんが助手として公私ともにサポートです。
過剰なまでに。


キヨイ様

京都ですからね。
京都には妖怪がやたらに多いですから選択肢は広いです。
予定ではポロっと微妙な初登場のお方が参上です。
きっと噛ませ臭がします。


光龍様

今回は薬師と完全に二人きりですからね。
藍音さんの行動も最初からMAX全開でしょう。
薬師の貞操が危ないくらいに。いや、危なくないですね、不可能でした。
天狗宅急便の方々もそれなりに活躍予定です。おもにパシリ的な意味で。


ヤーサー様

今回のお方はフラグ対象外です。
野郎です。フルボッコです。
そして次回も下詰があれこれヒントをくれたりします。
鬼兵衛はいい加減奥さんに首を取られるべきだと。


奇々怪々様

うちの主人公はサボりまくりですからね。
やっとその気になったようです。
多分続かないでしょうが。と言うか藍音さんを連れて逝ったのが間違いだと。
ちっぱいが覆えるくらいのサイズで尚且つもち肌……、良い手じゃないですか、大切にしろよ、薬師。


通りすがり六世様

次回のヒロインはどう考えても藍音さんです。
一応前回出てるし、やることはやってるということで。
まあ、どうにもこうにも事件解決には薬師が出張るしかないようで。
他の方が動いても世界が許さないのでしょう。


f_s様

それはどう考えてもやば気ですよ。
藍音さんが襲われてしまう――。
それはそれで藍音さんとしてはばっちこいなのか……。
もしくは旅先で変なフラグを立てないでしょうか。


リトル様

京都のあの人はかわいそうな方です。
何といっても世界から消滅指令出てますからね。フルボッコ確定ですよ。
そして薬師もただでは済まないでしょう。
藍音さん的に考えて。Akですよ。


トケー様

遂にシリアスです。
かかっと急展開したいと思います。
まあ、自分の場合は文才というか、小三に一度目の黒歴史を終えましたから。
せめてこれくらいにはなってないと報われないというものです。



では最後に。

フルオープン戦法。
好意をぶっきらぼうながらにオープンに表現することでフラグを立てる。
同年代には効果が薄いが、一部の年上には効果が高い。


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