俺と鬼と賽の河原と藍音さんトリロジィ。
夜になっても、桜は咲き続けていた。
季節外れの山吹色の桜が、夜の濃紺を彩っていた。
されど満開。
突如として咲いた桜は、山吹色に、はらはらと舞っている。
そして、俺は昼間から酒を飲み続けていた。
せっかく咲いてもらったのだから、一日中見ててやるのが礼儀って奴だろう、と。
「薬師様、次のお酒をもってきました」
不意に、縁側に藍音が現れる。なんとも用意のいい。
そんな藍音に、俺は自らの隣を叩いて見せた。
「お前さんも座れよ」
「……では、酌をさせていただきます」
しずしずと、藍音は俺の隣に座る。
「どうぞ」
杯に注がれる酒。それを呷れば、辛みだけが喉を通る。
「なあ、藍音」
「なんでしょう」
やっぱり、流石の俺も酔っているんだろうか。
ぽろっと、思った事を俺は口に出した。
「お前さん、無理して俺に付き合うこともないんだぜ?」
大抵のことに関して、藍音は俺の言葉に首を縦に振る。
そう、無理してまで俺に付き合うこともないはずだ。今ここでのことも。今までのことも。
しかし。
藍音は俺の顔を見ると、呆れたような、それでいて少し怒った様な空気を出した。
表情一つ変わっていない。しかし、そんな空気を確かに感じた。
「……私が付き合いたいと思っているのです。私がやりたいことをしているだけですから」
彼女は、きっぱりと言い放った。
「そのことに関してだけは――、薬師様にだって文句は言わせません」
……ぐうの音も出ない。なんとなく、藍音が眩しかった。
そうかい、と返して俺は黙り込む。
そして、しばらく経ってから、誤魔化すように俺は零した。
「一体誰に似たんだか……」
「貴方でしょう」
「即答か」
「即答です」
「そんなにか」
「他にあり得ません」
そうかい、と今一度呟いて、俺は酒を今一度呷る。
すると、今度は藍音が俺に問いかけた。
「薬師様こそ、どうしてそこまで私を気にするのでしょうか」
こぼされた言葉に、今度は俺が目を丸くする。
「どういうこった?」
「薬師様にとって、私は摘んで来た珍しい花と変わらないはずです。それが枯れたところで、知った所ではないのでは?」
「積んで来た、花ねえ? 確かに、そこまで深く考えて拾って来た訳じゃないな」
なんとなく、拾いたいと思ったから拾っただけだ。
「さて、な。でも、花瓶にぶっこんで満足していた記憶はねーぞ」
「私は、貴方の道に咲く、路傍の花で構いません」
「俺が嫌なんだ」
「なら、なにを望むのでしょう」
「樹がいい。天狗にとっちゃ花なんて一瞬だ」
できれば、毎年花を付けて欲しい。そう思う。
「ま、言うのは恥ずいのだが、幸せになってほしい訳だ」
「何故でしょう」
「種を植えて発芽するな、咲くなっていう奴がいるか?」
「だとすれば、私の幸せはここです。ここ以外にあり得ません。ここでしか幸せになれそうにないのです」
そして、躊躇いがちに藍音は問うた。
「――貴方は、私を幸せにしてくれますか?」
「――俺が幸せになれと言っているんだ」
藍音に向かって、俺は言いきる。
藍音は、俺から目を逸らした。
「……なんとなくですが、不毛ですね」
「そうかもしれん」
酔っているせいで、自分でもなにを言っているのかよくわからない。
ただ、藍音が言うならきっと不毛なんだろう。
「お前さんも飲めよ」
「いえ、私は――」
断ろうとする藍音に、とっとと俺は杯を渡した。
藍音は、今度は断らずに丁寧にそれを呷った。
「じゃあ、今度は俺から質問いいか?」
「どうぞ」
お許しが出たので、聞いてみる。
「なんで、俺にこだわるんだ?」
すると、あっさりと当然のように藍音は答えた。
「多分、貴方と同じ気持ちだと思いますが」
藍音は、きっと俺と憐子さんの事を言っているのだろう。
確かに、なんで俺が憐子さんの世話を焼いていたのかと言われれば、ふむ、そうだな。
他に行く場所がなかったから――、というのは違うな。行こうと思えば、きっとどこにでも行けた。
憐子さんが心配だった――、否。心配されるようなタマじゃないし、心配する様な俺じゃない。
結局、なんだかんだいって、俺はあそこが嫌いじゃなかった訳だ。
「家族に頼られたいと思うのは、当然の感情だと思います。そして、貴方は私の初めての家族なのです」
なるほど、と俺は肯いた。
肯いたのだが――、
「……というのが建前ですね」
しれっとこう彼女は零した。
「建前かよ」
「建前です」
「本音は?」
「言いません」
「なんで?」
「フェアじゃありませんので」
「そうなのか?」
「ええ。私から言うのは今はきっと卑怯です」
よくわからないが、藍音がそう言うならそうなのだ。
ただ、と藍音は最後に付け足した。
「――いつか、気付かせて見せます」
なんとなく、その横顔は綺麗だなー、と俺は心のどこかで考える。
そして、視線を外した。
「百年かかっても。もう千年の時が必要でも」
「そーかい。頑張んな」
「ええ、なので、……永久にお傍に置いてください」
「お前さんから来てくれ。いなくなったら今度は俺が探すから」
結局、その後俺は藍音がどんな顔をしているのか見なかった。
ただ、隣からわかりました、とだけ答えが返って来たから、十分だった。
「薬師様」
その後。
果たして数秒だったのか、数分立っていたのか記憶にないが、不意に藍音が声を上げる。
「なんだ?」
返事をすれば、藍音はぽつりと零すように呟いた。
「……すこし、酔ってしまったようです」
「そーなのか」
「ええ、……酔ってしまいました」
そう言って、藍音は――、俺の肩に頭を預けた。
俺は、藍音の方を見て、一つだけ彼女に言ってやることとする。
「別に酔ってなんかなくたって、いつだって肩くらい貸してやるっつーの」
ただ、安心したように目を瞑り、頬を赤らめて微笑む彼女の姿は、なんというか。
「満開だな。どこもかしこも――」
―――
これにて藍音さんトリロジィ終了です。
私の手がポロリしそうです。
なんとなく前さんトリコロォルの方が行数が多い気がしますが、そこはV2のご加護ということでどうかよろしくお願いします。
と、言うかこれが限界です。腕がもげます。
ポロリもあるよ。
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