薬師大天狗奇譚







 はてさて、久々に事件なしで下りて来た江戸、城下町。

 特に目的もなく、ぶらぶらと楽しんでいたそんな時。


「火事だぁああああっ!!」


 そんな声に振り向けば、そこには燃え盛る家一つ。


「むう?」


 火消が所狭しと駆けまわる姿を見て、薬師は対岸の家事へ、


「大変だな……」


 と呟いた。





 その火の粉が自分に飛び火するにもかかわらず。












炎燃奇譚












 その日も、薬師は江戸に下りてきていた。

 今度は、美香に手紙で呼び出されたのだ。

 指定された茶屋に入って見れば、美香がそこに待っていた。


「よう」


 薬師が気安く、片手を上げて彼女に挨拶を寄越す。

 美香は薬師の姿を確認すると、顔を上げて、彼女もまた挨拶を返した。


「お久しぶりです」

「お久しぶりっつっても……、最近は人里に降り過ぎな気がするんだがな」

「それだけ薬師殿の力が必要とされているということですよ」

「大天狗の力なんぞ要らんのが一番だと思うがね」

「太平の世、なんていいながら、事件は沢山あるんですよ。太平の世、だからこそ」


 世が平和だからこそ、戦いに求めていたものが日常へ向く。

 戦働きで得ていた金が無くなり悪事に手を染めるもまた道理。


「ま、そりゃ平和だもんなぁ……。うちの天狗も暇してるよ。昔は戦に参加したりと張りもあったもんだが」


 会話しながら、薬師は机を挟んで美香の前に腰かけた。

 卓上には薬師が来るのを見越してか、湯気立ち上るお茶が一つ。

 薬師はそれを一口啜り、一言。


「で、何の用だ?」


 不躾に本題に入ろうとした薬師に、美香は困った顔をして彼を見る。


「実は、佐々木小次郎のことなのですが……」

「あ、何? いきなり問題でも起こしてんのか?」

「いえ、それが、勤労勤勉、眉目秀麗義に篤いと、ご近所でも人気者なんですよ……」


 そんな答えに、薬師は思わず怪訝な顔をした。


「なら、別にいいじゃねーか」


 なんら問題はない、とふんぞり返る薬師にしかし、と美香は食い下がる。


「これから、本人の意思に関わらず事件が起こる可能性も否めません。恥ずかしながら、私は幽霊に関して無知なのですよ」


 その言葉に、ここに来てやっと薬師は得心がいったとばかりに肯いた。


「なるほどな? 幽霊が変質してしまわないのか聞きたい訳だ」


 霊、という生き物は魂だけで生きている故に、想念に影響を受けやすい。

 その結果地縛霊、怨霊となってしまうものもいる。美香の懸念はそこにある訳だ、と薬師は理解し、言葉を返した。


「しばらくは平気だろーよ。少なくとも、実体化する様な幽霊が早々変質することはねーってか、既に変質してる訳だからな」

「なるほど……」

「まあ、でも、もしもそういうことになったら、俺がけり着けるさ。俺が始めたことだしな」

「は、どういうことですか?」


 怪訝な顔をして聞く美香に、薬師はしれっと答えた。


「現世に残るよう勧めたのは俺だよ。っつっても、耳元で、せっかく限界が見えたのに、限界を超える様な真似はしないのか? と聞いただけだが」


 まるで大したことではないかのように呟く薬師に、美香は思わず呆れた顔を見せる。

 薬師は、そういや言ってなかったな、と頭を掻く。

 美香はそれに対し、諦め混じりの声を上げた。


「薬師殿の仕業でしたか、やっぱり」

「俺の仕業だったな、うん」


 無意味に薬師は笑って見せる。

 ――そんな時。

 火事だ、とどこか遠くで響く声。

 薬師はそう言えば、とこの間のことを思い出し、まるで溜息でも吐くように呟いた。


「最近火事が多いな……。江戸の華とは言っても、こう咲き乱れてちゃただの雑草だ」


 そして、言ってから、思い出す。


「薬師殿、行ってみましょう!」


――そう言えば美香は、こんな女だったな、と。

















 駆けだした美香に少し遅れる形で、薬師は件の火事場に辿り着く。


「薬師殿っ」

「もう既に風向きは変えてる。延焼はないだろ。、まあ、外からできることはここまでだが」


 いきなり振り向いて名を呼んだ美香に、薬師はしれっと答えた。

 文字通り、外からできることは終わっている。後は火消の仕事だ。

 薬師はこのまま野次馬でもしようか、と燃え盛る家屋を見上げた。以外にも二階建ての立派な家屋である。

 しかし、燃えている意外に特徴は無い。そして、燃えているだけでは面白くもない。

(思ったよりつまらんなー……。帰りたい)

 ふと、薬師は考える。

 そんな時――。


「誰か、助けてぇ!」


 甲高い声。女だ。

 しかも、家の二階の窓から。


「むぅ?」


 逃げ遅れた女だ、と気付くのに数秒。

 こいつはどうしたもんだ、と考える、その瞬間、一人の火消が水を被って走り出した。

 思わず、薬師は目を丸くして、それを見た。


「今行くっ!!」


 若い男の火消が、燃え盛る炎の中へと消えていく。

 どうやら、知り合いらしい。


「ははぁ、今時熱い男もいるもんだ」


 それを見送ってから、薬師もまた、歩き出した。


「どちらへ?」


 聞いた美香に、薬師は片手を上げて答える。


「中だよ。流石に人間にゃこいつは辛いだろ」


 そう言って、薬師は燃え盛る炎の中へと気負いもなく入って行った。


「さて……、二階か」


 赤く照らされた床を踏み鳴らし、薬師は階段へと向かう。

 途中降る木材は、風か裏拳で弾き飛ばしつつ。

 そして、案の定。


「おうおう、辿りつけた所まではいいが、帰れないなら無駄死にだぞ?」


 二階にいた二人は、抱き合うようにして、死にかけていた。

 抱き合う二人の男女。男は上から振って来たそれを睨みつけて。女は諦めたように、顔に歓喜を浮かべながら。


「っとに、っぶねえなっ!」


 二人の直上から振って来た柱を、薬師は蹴り飛ばす。

 火消の男と、逃げ遅れていた女は、目を見開いて薬師を見ていた。


「よぉ。無事か?」


 激しい炎を薬師は涼しい顔で吹き飛ばし、二人の元に立つ。


「とっとと降りてくれ。押さえ続けるのも、面倒だ」


 言えば、二人ははっとしたように気を取り直し、


「感謝しますっ!」


 礼を述べて部屋を後にする。

 薬師は、一人部屋に残されて、ぼんやりと呟いた。


「あの二人、出来てんな。もしくは女の片思いか――」






















 薬師が涼しい顔で外に出れば、待っていたのは野次馬数人と、美香。そして、先程助けた二人だった。


「先程は助かりました。俺も、これもまったく無事で」


 と、隣の女を指さして言ったのは、火消の青年だ。ざんばらの黒髪に、鋭い目ながら、さわやかな感じのある青年だった。


「いや、大したことじゃねー」


 実質薬師にとってはその程度の労力だったことも含め、彼は謙遜した。

 そして、火消はふと思い出したように言葉にする。


「そう言えば、あの時、炎の方から我々を避けていったようだったのだが……、そちらが何かしてくれたのですか?」


 そんな問いに、まさか天狗だ、と言う訳にもいかず、どう誤魔化したかと思えば、美香が助け船を出す。


「ここにおられる薬師殿は、高名な修験者なのですよ」

「ははぁ、なるほど」


 なるほど、確かにその道の専門家だ、と言っておけば、それこそ、その道の専門家以外は「そうなのか」としか言いようがない。

 詳しくない人間なら、そういうものだ、と納得してくれるのだ。

 先にやることをやっているのだから尚更に。

 しかし――、見事な助け舟に見えた美香の言葉だが、


「そうですか……。であれば、高名な修験者であられる貴方にお願いしたいことがあるのですが――」


 思わぬ事態を招くこととなる。


「――なんだって?」


 果たしてその言葉を如何様に勘違いしたのか、火消は言う。


「実は、ここの所、江戸の火事は常ならぬ量。これは偶然ではなく、俺の隣のこれを狙ってのことではないかと思うのです」


 言いながら、火消は顎で隣に寄り添う女を指し示した。


「よく、火事に巻き込まれるのです。思うに、これを逆恨みした男の仕業じゃないかと……」


 確かに、と薬師は納得した。少女は可憐そのもので、惚れる男がいるとすれば後を絶つまい。

 その結果、振られた男が逆恨みするもまた、道理。

 もしくは――。


「お前さんを狙ってるのかもしれんな」

「は、俺?」


 薬師がぽつりと呟いた言葉に、火消は意味がわからない、と言った顔をしているが、薬師はこちらの可能性の方が高い、と考える。

 少女の想い人は火消であるがゆえに。


「まあ、焼き殺されないように気を付けてくれ」


 言って、薬師はその場を立ち去ろうとする。

 このままうやむやにできないだろうか、と。


「あの、この件の解決に関し、手伝ってはいただけないので?」


 しかし、そうは問屋は卸してくれないようだ。

 背に掛かる声に、薬師は仕方なく振り向いた。


「……そもそも、なんで俺? もっとこう、他にあるだろうに」


 岡っ引きでも同心でも呼んでこい、と言う薬師に、火消は首を横に振る。


「それが。何日も張り込みをしていますが結局犯人が見つからないのです。もう、こうなれば非凡な力に頼るしか――」
「あのな、修験者を何と勘違いしてるか知らんが、占い師じゃねーんだ。犯人探しなんて――」


 できるわけがない。

 薬師は言おうと思った。

 だがしかし。再び薬師は思い出すこととなる。


「やりましょうっ、薬師殿。化生の香りがしますっ!」


――そう言えば美香は、こんな女だったな、と。














◆◆◆◆◆◆











「知らねーよっ!! 俺は放火なんてやってねえ!!」


 そう叫んだ男の名は、坂田次郎兵衛と言う。

 放火が始まった頃、件の少女に交際を申し込み、断られた人間だ。

 そこへ美香と薬師が聞きこみへ行くなり、彼はそう叫んだ。


「そんな筋の通らない言葉で我々が騙されると――」


 確かに、この次郎兵衛、人相は悪い。男らしいと言えばいいが、言い変えてしまえば厳つい顔つきに、頬に走る傷一つ。

 それ故信用できず、詰め寄る美香。

 薬師はそれを抑えて呟いた。


「そうか……、まあ、お前さんが言うならそうなんだろうなぁ……」


 まったくやる気のない言葉。


「あんた……」

「薬師殿……」


 次郎兵衛は驚いたように、美香は呆れたように薬師をみる。

 薬師は、面倒だと言わんばかりに、言葉にした。


「本人がやってねーっつーんだからやってねーんだろうがよ」

「いや、そんな簡単に信用していいものか……」

「んー、その判断基準は? 人相もそんなか入ってないか?」

「それは……」

「人相で人を判断しちゃいかんよ」

「じゃあ、どうやって犯人を見つけろと……」


 引きうけてしまった、いや、美香が勝手に引きうけてしまった犯人探しだが、実質、次郎兵衛以外に心辺りは無い。

 しかし、あっさりと薬師は言葉にした。


「んなの簡単だろ」

「その方法は?」


 顔も形もわからない放火犯を捕まえる方法。

 それは――。


「現場で張り込みゃ一発だろうに」














「お前さんは俺をなんだと思ってるんだ?」

「は?」

「俺が現場で全開探査してれば見逃す訳もないだろうに」

「まあ……、それもそうですが」


 夜の江戸、その宿の一室に、薬師と美香はいる。

 隣には、件の少女。


「……それにしても、薬師殿は犯人が既に分かっているのですか?」


 あまりに自信満々な薬師を見て美香は問うた。

 あまりに余裕があり過ぎる。もしかすると既に犯人が分かっているのではなかろうか。

 そんな質問を薬師は肩を竦めてはぐらかした。


「それならとっとと捕縛してるっつの」


 まあ、心辺りはあるがな、と薬師は美香に聞こえないように呟く。

 無論聞こえないように呟かれた言葉は、美香の耳には届かず、彼女は別の言葉を紡いだ。


「しかし、あれですかね、今回の件はやはり、人外の……」

「まあ、ここまで犯人の影も形もみえねーってのはな」


 今回の事件、不自然な所はそれだ。

 火事の件数十八件。なのに犯人の目撃者は零。人ならざる者の仕業と思うも仕方ない。

 影も形も見えて来ぬ、尻尾すら掴めないその犯人とやら。

 その事実に、美香が、緊張した面持ちで辺りを警戒する。

 そんな時、不意に薬師が立ち上がった。


「来たか」

「は?」


 思わず美香は間抜けな声を上げてしまう。美香の感覚にはなにも感じるものは無かった。しかし、この大天狗はなにかが来たと言う。

 美香も、遅れながら立ち上がると、薬師は声を上げた。


「そもそもおかしいだろ。前々から、あの女の周りに火事が起こるってんだから、皆警戒している、なのに目撃者すらいない」


 そして、ぽつりと薬師は呟く。


「実は、こいつは女を狙った火事じゃない」

「では、誰を?」

「簡単だ。火消の男だよ」

「恋路の邪魔者を始末する、ということですか? あまりに効率が悪いような……」


 そうじゃない、と薬師は首を横に振った。


「邪魔者の始末なら、この時代後ろからざっくりさ。言う通り、効率が悪いからな。うっかり女が死ぬ可能性もある」

「じゃあ、一体どうして……」


 そんな言葉に、薬師は一つ問う。


「ミュンヒハウゼン症候群って知ってるか?」

「知りませんけれど……」

「まあ、俺も下詰から聞いた話だから詳しく知らんし、下詰の法螺かもしれんのだがね」


 薬師はゆっくりと歩き始めた。美香もそれに続く。


「どうもこうも」


 そして、薬師は隣の、女がいるはずの部屋への襖へ手を掛け――。

 両側に大きく開いた――!!


「――こういうことさ」


 燃える室内。その中心の少女。

 その顔は恍惚とした、甘美なものであった。














「こ、れは……、いったい、どうして……」


 室内には、火元とみられる燐寸棒が散乱していて、少女を中心に火は燃え盛っている。

 もう言い訳のしようもない。

 戸惑う美香の、途切れ途切れの言葉に、薬師はあっさりと答えた。


「初めの火事は偶然で、そこで火消の男に恋をした。しかし、火消の男は仕事で来ただけであり、少女は名も知らぬ男を探すことはできなかった。そこで少女は考えた。火事を起こせば、火消の男に再び会えるんじゃないか、と」


 その目論見は成功した。それは、火消と少女の態度を見るに、火を見るより明らか。

 しかし、それがいけなかった。


「そうして、味を占めちまったんだ」


 己の悲劇性の演出。想い人との再会。


「所謂、恋の駆け引きだったのさ。一連の火事全部」


 可愛らしい少女の恋の駆け引き。

 何らおかしなことは無い。何ら悪いことは無い。

 ただ一つ間違えたのは、他人を巻き込んだこと。


「申し訳ないけれど……、私が待ってるのは貴方じゃないの」


 熱に浮かされたように、少女が言う。

 そして、懐から匕首を引き抜いた。


「やる気かね。お嬢さん」


 黒光りする刃を、薬師は冷たい瞳で見つめている。

 美香が、後ろで、息を呑んだ。


「私は、あの人が、好きなの。邪魔、しないで」


 やたらめったらに踏み込んで、匕首を振りまわす少女。


「私の秘密、知られてしまった以上は、生かしておけない」


 髪振り乱し、着物は着崩れ、まるで火の見櫓で登り太鼓を打つように。

 薬師はそれをこともなげに避ける。


「……薬師殿、どのように決着を……」


 どうすればいいのか、と困ったように美香は薬師を見た。

 薬師は、少女の刃を十手でいとも簡単に弾き飛ばして答える。


「決着、ねえ? そんなの、取れる道は多くねえよ」


 瞬間、少女の体を、無数の風が切り刻んだ――。


「あ……」


 目をこれでもかと開いて、少女は倒れた。

 そして、驚いたのは美香も同じ。


「薬師殿……!? 一体どうして……!」


 薬師は、反論を許さぬかのように、ぴしゃりと言い放った。


「諭してどうにかなるようなもんか、これが」


 色恋沙汰は狂気の沙汰。そして、既に火事で死者も出ている。


「そして、こんなのいつまでも続かん。いつか俺達でなくても、誰かに捕まって火あぶりだ」


 江戸において火あぶりは殺人罪より重い。

 さすれば、いつか少女は大罪人として裁かれるが道理。

 そして、どちらにしたって死ぬのなら。


「ならば、悲劇の少女のまま殺してやるのが、手向けだよ」


 このまま少女は焼死体として発見されるだろう。

 ただ、大罪人としてでなく、美談として遺してやるのが、最期の手向け。

 しかし、美香は納得しきれず、薬師を睨みつけるように、見た。

 だが、言葉は出て来ない。美香にもわかっていた。あれは常軌を逸している。

 そんな美香に、薬師は優しげに笑いかけた。


「納得できないかね? ま、仕方ない。わかりたくないなら、わからないままでいた方がいいだろうよ――」


 階下が、やけに騒がしかった。


















「お疲れさまでした、薬師殿……」

「お疲れさん」


 空しいほどに晴れた空。帰る薬師と、見送る美香。

 あの後、薬師は火消の男に、放火魔が暴れていたので切り殺したことと、少女は放火魔に殺されたのだ、と伝えておいた。

 そして――、少女の遺言を一つ添えて。


『愛していた、だそうだ。色男』


 ただ、それだけ伝えて、泣き崩れる男に薬師は背を向けた。


「これで、良かったのでしょうか」


 美香が問う。

 薬師は、一度首を捻って、肩を竦めた。


「さあな。皆が皆幸せになるのは実に難しい。少なくとも、一人の男の人生捻じ曲げたかもしれんね。果たして、見逃すのとどっちがよかったもんか」

「私には……、よくわかりません」

「もしかすると、改心して男と幸せに暮らしたかもしれん。それとも、成長した時あの火事を負い目にして幸せになれなかったかもしれん。あのまま放火を続けていつか捕まって火あぶりにされたかもしれん」


 ただ、一つだけ変わらない事実があるとすれば、彼女の放火で少なくない死者が出たことだ。


「ただ、まあ。わかっていて俺は殺す選択を選んだ訳だ。そこの点は責められても文句は言えん」

「……いえ。結局私も。最後は殺す選択肢を選んだでしょう」

「何処で誰がなにを間違えたなんぞ誰にもわからんのよなぁ……、結局」


 赤い橋にさしかかって、薬師はぼんやりと空に呟いた。


「いやぁ、女の恋慕ってのは怖いねぇ、くわばらくわばら」

「あなたにも無関係じゃないと思いますけど」


 溜息を吐くように、呆れたように美香は薬師にぼやいた。


「いつか刺されても知りませんよ?」

「気を付けるよ」


 そう言って、薬師は橋を越え、美香は歩みを止める。


「じゃあ、そういうこった。また今度な」

「ええ、まあ、これで江戸の火事も終わったでしょうし……」


 別れ際、そんな美香の言葉に、薬師はぽつりと、こう言い残した。


「――どうだか」

「え?」







「あの女、運が良ければ化けて出るかもしれん」







 鶏の体に女の首、八百屋お七。そんな妖怪が世間を騒がせる日は、そう遠くないのかもしれない。
























後書き。

遅くなって申し訳ない、ということすら憚られる産業廃棄物シリーズ大天狗奇譚、三話目です。
果たして読んでいる人いるんでしょうか。今の所数名しか確認できておりませぬ。

今回はダークでホラー目に。
流石に本編じゃやれませんからね、これ。


さて、今回の話は言うまでもなく、八百屋お七のお話が下敷きです。

歌舞伎なんかのお話では、家が火事で焼けた時に逗留した寺の小姓に恋をしたお七が、その小姓に会うために火事を起こし、結局捕まって火あぶりにされる、というのが大体のストーリー。
登り太鼓を叩くのは有名なシーンですね。
史実では放火未遂だとか云々でやっぱり判然としない部分もありますが。
ともあれ、それを捻じ曲げたのが今回のお話。

寺の小姓は火消しに。あと、お七はちょっと不純で物騒な感じ。
結局、薬師に殺されたりと、結構違うので、注意が必要です。
ちなみに、木造建築が多い江戸では、やっぱり火事の罪は凄く重かったそうで。
それを歌舞伎とかにすれば美談とか悲劇にもなりますが、現実的にはやはり大罪人ですからね。その辺気遣った薬師にぱーんと。


なんだかんだと薬師は本編で、女性に無条件で優しい空気がありますが、今回はばっさりです。
先生を殺した時の影響が強く出ております。