俺と鬼と賽の河原と前さんトリコロォル。
うちの庭に、桜が咲いた。
遅咲きで、しかも――、
山吹色に輝いていた。
喜びの黄
八月に咲く桜は、果たして桜と呼べるのか。
春に花見をするから桜は桜足りえるのではあるまいか。
縁側から舞い散る桜を眺めていると、そんな益体もない考えが浮かんできた。
しかし、山吹色と言う有り得ない色と、この季節という二つの不自然さにも関わらず、それは見るからに桜だった。
今年の四月には咲かなかったから、もう咲かないのかと思っていたのだが。
しかし、なんで山吹色なのだろうか。
果たして、この下には一体何が埋まっているのだろう。
……そういえば、地獄の桜の下には一体何が埋まって赤く染まっているのだろうか。死体なんてありえまいに。
しかし、やっぱり意味のない思考だ。
酔っているのだろうか。どうだろう。
「薬師、薬師?」
多分、酔っている。
幻覚が見えるのだから間違いない。しかし、幻覚を見るまで酔ったのは久々だ。
というか、幻覚なんて始めてみた。とてもとても、知り合いに似た幻覚だ。
「昼間っから、お酒なんて飲んでるの?」
咎める様な声。幻覚の割に、結構な再現じゃないか。
それとも、俺の生み出した幻覚だから俺にとっての彼女そのもので、本物よりもそれらしいのかもしれない。
「……あー、なんつーかな。この季節に、花見だ」
俺は、幻覚を見ながら、桜を顎でしゃくって示す。
幻覚は、やたらに驚いていた。
「うわぁ! 桜だ!! すごいね、あたしこんな桜始めてみたよ」
「俺だって初めてだ」
そりゃそうだ。山吹色の桜なんて、早々見る機会もない。
早々見る様な奴がいたら、きっとそいつは法螺吹きだ。
そんな山吹色の桜は、まるで躊躇うように咲いていた。
「でも、どうしてこんな時期に咲いたんだろうね?」
幻覚は、俺に問う。
答えるのに意味はないと知りつつも、俺は答えた。
「きっと、咲く理由がなかったんだろ。で、咲く理由ができたから咲いたんだ」
「どんな理由さ」
「桜に聞いてくれ。ま、もしかしたら突然咲きたくなっただけかもしれんぞ?」
全ての桜が、咲きたい時に咲いていたら、すごいことになるだろう。桜の並んだ通りに花の吹雪が止むことは無くなる。
「……そうかも。そうかもね」
噛み締めるように、幻覚は呟いた。
適当に話してるのに、真面目に返されると、俺は困ってしまうのだが。
「わかるのか?」
なんとなく、幻覚の反応からそんな気がしていた。
幻覚は、そりゃあね、と肯いた。
「同じだよ、多分、あたしも、この桜も」
「どのあたりが?」
共通点が見出せなくて、俺は声を上げる。
幻覚は、困った様な顔をした。
「これでも、結構な年だよ? 薬師程は行かないけどさ」
「それで、遅咲きなのか?」
先程から、我ながら質問ばかりだ。
この世は不思議だらけだな。特に女心って奴ばかりは、わかる気がしない。
「うん、でも、まだ咲いてすらいないかも」
「ほおー、そうかい」
遅咲き、ねえ?
まず最初に、咲いている、というのはどういうことなのやら。
「お前さんは、咲く理由ができたんかね」
幻覚は、頷いて見せた。
「うん、ちょっとね」
そうなのか。
生きがいとか、そういったものが見つかったのだろうか。
それとも、俺の願望か? 幻覚の基の彼女にはそうあってほしいと、勝手に思っているのか。
もしくは、桜の精でも出てきているのか。
幻覚にしては、言うことが難しいじゃあないか。
「ふむ、羨ましいね」
「薬師だって、最近の方が楽しそうだけど? あっ、性的な意味ではとっくに枯れてるか」
「ほっとけ」
俺が言うと、幻覚は優しく笑って、俺の隣に腰を下ろす。
「この子は、どうして咲いたのかな?」
「だから桜に聞いてくれと」
「一緒に考えてよ」
一緒に考えろ、か。幻覚を相手にして考えるなら、自分で考えているのと変わりない気もするんだが。
しかし、咲く理由、ね。
「暑くなって来たから?」
「なんでさ」
「そりゃあれだ。春だけどまだ寒かったんじゃねーの?」
「そりゃよっぽどの寒がりだね」
「もしくは、そーだな。花が咲く理由なんて、種蒔くためくらいだろ」
「あ、それは風情がないなあ。でも、極論そうと言えばそうだよね。考えてみれば、孔雀が派手なのと一緒かも」
「まあ、桜はあんまり増えるって感じじゃないけどな」
言えば、幻覚は儚げに、ふっと笑った。
「ねえ、薬師ってさ、この桜になんかした?」
「なんかした、って、なにをするってんだよ」
残念ながら、俺は木に何かを施せるような技能持ちではないし、枝を叩き折ってやるっていう程自然に憎しみをもっていない。
「んー、話しかけたりとか?」
「あー、こんなでかいんだから、咲いたら綺麗だろうな、位は」
「ふーん?」
「なんだその顔」
意味ありげな笑み。
前さんは楽しそうなような、呆れたような顔をした。
「よく、ここの縁側にいるの?」
「そらもう」
「ん、じゃあそこの木と触れ合ったりは?」
「木陰にならねー、と思いつつもそこの幹に腰掛けて本読んでたことはあったな」
最終的に、寝てたんだったか。
「あ、じゃあ決まりだね」
なにが決まったんだ、と言葉を待てば、前さんは空気に溶かすように呟いた。
「きっと薬師に見せたかったんじゃない?」
「……なにゆえに」
「なんでだと思う?」
「家主に媚を売って見る試みか?」
「違う違う、乙女心をなんだと思ってるのさ」
「この木、女なんかね」
「桜の精がムキムキの男の人だったらいやじゃない」
「ああ、うん、女でいいな。女がいいな」
「そういうこと」
「で?」
「うん、咲きたい理由なんて一つだよ。見せたいの、誰かに」
「なんで俺なんだ」
「構ってくれるから、かな? うん。見向きもしない人じゃないってわかったから、見せたくなったんだよ」
あー、もしかして、俺が見たいって言ったから、要望を叶えてくれたんだろうか。
だとしたら有難い限りである。
「見せてね、綺麗だって言ってほしいんだよ。誰かさんにね」
ふふ、と幻覚は笑う。
「ほー、でも、その割になんか微妙な咲き具合だな」
桜は、未だ満開とは言い難い。
見せるために咲くのなら、この躊躇うような姿はどうしてだろうか。それとも、明日には満開になるのだろうか。
「それはね、不安なんじゃないかな。だってこの季節じゃん。この季節に桜咲いてもな、なんて言われちゃうかもって思ってるんだと思うよ?」
だから、躊躇いがちになってしまう、ということか。
「しかし、にしてもよくそんなすらすら出てくるな」
「同じだもの。人間も花も変わんないよ。あたしも、ね?」
そんなもんなんだろうか。
「ま、でも。桜の話だが――」
「ん?」
「別に夏咲こうが冬咲こうが、咲くのが遅かろうが。――咲けば綺麗なもんだ。国柄季節柄問わず、綺麗なもんは綺麗なんだよ」
そういったもんには、国境も時間も種族だって関係あるまい。
俺がそう言えば、前さんは桜を見て笑った。
まるで、満開の紅桜。綺麗だ、と素直に思う。
「そっか。うん、そっか……、じゃあ、私も、見てもらうからね?」
「楽しみに待ってるよ」
「そ、じゃあ、覚悟してよね」
にしても、変な幻覚だ。そんな変な幻覚は、俺の方に頭を預けた。
「ねえ薬師、酔ってる?」
「あー、多分。この上なくな」
こんな風に幻覚を見るほどに、酔っているのだ。
よっぽどだろう。
「珍しいね」
「そうかもな」
「……じゃあ、しちゃっても。覚えてないかな?」
「は?」
俺は間抜けな声を上げ。
そして不意に、頬に口づけ。
そう言えば――。
感触がある。
「じゃ、あたし帰るね。なんとなく気になってきただけだから。うん、それじゃ、またね」
すぐに離れて、前さんは立ち上がった。
去っていく彼女を見送って、俺はふと、考える。
もしかすると、本物だったのだろうか。
俺は、感触の余韻のある頬を撫でる。
「……まあ、いいか」
今更どうしようもない。
溜息を吐くように呟いて、俺は視線を桜に戻したのだった。
桜は満開。山吹色の花弁が喜びを伝えるように舞っていた。
―――
以上。前さんトリコロォルでした。
藍音さんトリロジィとセットで計六作。連日連夜の突貫作業でしたが、なんとかお届け。
次回の人気投票では下手なこと言わないようにしよう……。
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