その日の客は、変わった客だった。
俺と鬼と賽の河原と。
番外之二 私と彼と父と屋台と
私の名前は一 里見。
本名は古川だけど、今は一姓を名乗っている。
咄嗟だとまだ古川の名前が出てしまうが、やっと慣れてきた。
屋台店主の、娘である。
「お父さん、準備終わったけど――?」
「わかった、そろそろ開店と行くか」
私とお父さんは、四丁目で屋台の準備をしていた。
本来、お父さんの屋台の範囲は三丁目が主なのだけれど、実はつい数日前に、四丁目で悲惨な事件が起きたばかりで、それの景気づけに屋台を呼び込んでいるそうな。
それに、私たちも便乗させてもらった。
「でも、赤字かな?」
今回のラーメンは、採算が取れないほど価格が安い。
事件で、死者は出なかったものの、被害に遭った人は少なくない。
路頭に、迷う人も。
だから、お父さんはいつもの半額以下の値段でラーメンを作っている。
「赤字だろうがなんだろうが。商売する側もさせる側も、どちらかが肥えるなんてあっちゃいけねえ。客が苦しい時はこっちも苦しいもんだ」
「うん、だけどお父さんは自分の生活に無頓着すぎなの! 運営側の人も支援してくれるって言ってたのに……」
そう、材料費を運営側が持つ、という話はあったのだ。
だが、お父さんはきっぱり断った。
その時は一言。
「人の厚意を金なんていう安っぽいもので計らねえでくれ」
それで尚言い募ろうとする人には、
「感謝してるなら、平時に店に来てくれや」
とだけ言うと去って行ってしまった。
その潔さは美徳だと思うし、大切なことだと思う。
だけど、その様を見て、私は
余計に自分が支えなければとも思う。
確かに、お金に頓着せず人に施しを与えるのは美徳かもしれないけど、
多分お父さんはそれで食い詰めても全く文句言わないと思う。
だから、私がお金のことはきっちりしなきゃいけない。
そう思って、私は葱を刻む包丁を握り直した。
結果として、店は繁盛した。
儲けとしては全くだったけど――、
「ありがとう」
「助かるよ」
「頑張ってみる」
こんな言葉に出会えたのは、私としてはとても嬉しかった。
それで、日も完全に暮れて、そろそろ帰ることを考えだしたとき、その人は来た。
「まだ、開いてるかい?」
そう言って、暖簾を捲ったのは、黒いスーツのなんとなく、やる気のなさそうな男だった。
その男に、お父さんは肯いた。
「やってますぜ?」
「じゃ、味噌ラーメン一つ」
「へい毎度! 里見、葱頼む!」
「はい!」
返事を返し、なくなっていた葱をまた刻む。
すると、不意に後ろから会話が聞こえてきた。
「ところでお客さん、三丁目の人じゃなかったかい?」
「んー、こっちには用事でな。偶然見かけたから寄って見た」
この人は、三丁目の人なのか。
こんなとこにも常連さん、っているんだなー。
などと考えつつも葱を適量、お父さんに渡す。
その時には、麺は茹で上がっており、トッピングが終わって、お客さんの前にどんぶりが置かれた。
「へいお待ち」
「相変わらず速いな…。予知能力か?」
「年の功でさあね」
そう言って笑いあう二人を私は眺める。
なんか仲良さそうだなぁ……。
と、そんな中、お客さんがラーメンに口を付け、不意に表情を変えた。
「味、変わったな?」
「……、不味かったですかね?」
その言葉に、私は言いようのない不安を覚えたが、お客さんはそれに対し、首を横に振って応える。
「いいや、いい意味で、だ」
私はほっと息を吐いた。
「なんとなくだが、生活にハリが出てる証拠だな」
「そうですかね」
「多分、そこに立ってる娘さんだろう」
「へ? 私?」
いきなり呼ばれて混乱する私を余所に、お客さんとお父さんは勝手に納得して笑いながら肯きあう。
むぅ……。
「ま、ともあれ。ごちそうさん」
気がつくと、お客さんはラーメンを既に完食しており、箸を置くと立ち上がった。
そして、ポケットから財布を出して、
「あーと、六十だったな?」
そう言って、現代日本で言う大体六百円分、六十文を、四当銭十五枚で出して、席に置いて行く。
私は咄嗟に今日は半額です、と言おうとしたがその時にはもう彼はいない。
それを私は、急いで追いかけようとして、お父さんに止められた。
「なんで?」
「粋を無下にするような無粋ぁしちゃいけねえ」
「お父さん、わかったの?」
「暖簾の向こうで笑ってたからな」
自信満々のお父さんの様子にそうだったのか、と納得。
そして、ふと気になった。
「あのお客さんって、どういう人?」
すると、お父さんは顎に手をあてて考え込む。
「ううむ、掴めない、ってのが正確か?」
確かにわかる気がする。
「後は、あれは、平時はやる気なしで通ってるが、非常事態になったら生き生きするタイプだ」
そう、なのだろうか。
とてもそうは見えなかったが――。
と、その時、私は驚きの言葉を耳にすることになる。
「名前は如意ヶ嶽薬師、っていってたか」
へえ、如意ヶ嶽薬師。
如意ヶ嶽、薬師――?
聞き覚えが……、
…ある……。
しかも、すごい恩のある人で。
命を助けてもらった相手。
それを無視。
私、どんだけ薄情な娘。
まったく気付かなかった。
あの時は顔なんて見てる余裕はなかったし、雰囲気全然違ったし。
そもそも、あの時の事は、あまり詳しく覚えていない。
怒涛の勢いで進んでしまったから、詳しい印象を私は見ていないんじゃないかと思う。
覚えているのは、温かい手の感触が一つ。
ただ親切にされた記憶が一つ。
あとは彼の後について行っておんぶに抱っこだった。
急に申し訳ない気分になる。
あそこまでしてもらっておいて無視とはいけない。
「ちょっと行ってくる!」
私は、河原の方へ走りだしていた。
結果的に、私は薬師さんに追いつくことに成功した。
「あの、薬師さん!」
「おお? どした?」
そう言った薬師さんは舟に乗る寸前、まさに間一髪だった。
「いえ、この間のお礼を言いたくて」
すると、薬師さんは呆れたように肩をすくめた。
「もしかして――、今頃気づいたのか?」
ぐ。
「だ、だって! 雰囲気とか全然違うじゃない!」
これは詐欺だ。
すると彼は溜息一つ。
「これが普段の俺」
そう言って苦笑い。
私はそんな彼に言葉を紡ごうとするも、中々出てこない。
そうこうしているうちに、渡守の人が彼に声を掛ける。
「あー、そろそろ時間だ、お客さん」
その声に応じて、彼は舟に乗りこんでしまう。
私は、このままではいけないと思い無理に言葉を導き出した。
「ま、待ってください!!」
「んー?」
「そ、その、まだお礼もしてなくて! えーと、あのー」
何か言わないといけないのに、上手いことが思いつかない。
あわてる私に、彼は優しく微笑むと、私に言った。
「慌てなさんな。――また来るさ」
そん時にでも、何か奢ってくれ、と、言って彼は川の向こうへ消えてゆく。
私は、この地獄での初めての友人に、
ラーメンを作ることを決めた。
私は彼の、友人だよね?
私の名前は一 里見。
本名は古川だけど、今は一姓を名乗っている。
咄嗟だとまだ古川の名前が出てしまうが、やっと慣れてきた。
まあ、ただの屋台店主の娘だ。
そして最近、友達ができました。
―――
其の番外の二です。
里見さん編。
ちなみに薬師へのフラグは、十%完了した、のだろうか。
現状では、初めてのお友達レベルにしか思ってないわけですが。
挙句、番外メインですから進行も遅いですし、頑張れ里見さん!
薬師の侵攻を止められるのは君しかいない!!
さて、五月も終わりになりました。
そして、私は曲がりなりにも、というかしがない学生でして。
テストがあります。
勉強しなくてはいけないので、更新ができなくなります。
と、見せかけて、
勉強しないで更新します、と言ったら各位から怒られる可能性大なので、
勉強しつつ更新しますので、遅くなる可能性があります。
あと、追記。
いつの間にかコメント百超え、PV五万越えしてました。
妙にうれしいです。
嬉しいので、リクなんかすると余裕によっては応えるかもしれないっす。
さて返信。
ねこ様
要するに、家族登録というのは家族であると公式に決めるだけで、弟になりますとか、養子になりますとか決まってないのです。
そのため、どの立ち位置につくかというのはその家族ないで話し合って決めてネ☆、とのことなので、
ある意味全員と家族登録して妻ABCDと行くのも一つの手である。
とだけ。
ハンマ様
感想に感謝です。
ごふうッ!
そこは突っ込んではいけません。
そのフラグは見て見ぬふりです。
山椒魚様
感想百おめでとうございます?
二回更新づつしかいらっしゃらないのに、大事なところを踏んでいくこの幸運……、只者ではありませんね。
というのは置いておいて。
里見さんはまだ、薬師の魔手に掛かっておりません。
彼女だけが最後の砦です。
妄想万歳様
閻魔様の料理スキルはSSS+。
危険度的な意味で。
タネを薬師が作っていたから良かったものの、彼女にすべて任せると前衛芸術が拝めます。
ちなみに、今一番有利な位置にいるのは由美であると。
実に、状況から薬師の家族になりましたが、このままなし崩しに妻にまで上り詰めるという作戦。
由美、恐ろしい子……!
さて、最後に。
里見さん、塩野菜ラーメン一丁!!