俺と鬼と賽の河原と。
「ねえ、藍音と薬師の関係って結局なんなの?」
ふと、前さんに聞かれた問い。
ふむ、藍音ねえ。前は秘書で、今は――、ただのメイドか。
考えた時、ふと違和感を覚える。
「んー……、いや」
唐突に、何かが、ぐさりと胸に突き立ったように、気になる何か。
メイドと主。
そうであるはずなのだが、
「よくわからんな」
言いたくなかった。
其の番外編「勝ち負けで言うなら負け」
ふと、右腕を見たら。
「……うへぇ、ぐにょーんとしてやがる」
骨が折れていた。
はたして何時だろうか。トラックを素手で止めた時か、暴走した下詰の作った合成生物を倒した時か、サイクロプスと河原で殴り合った時か、それとも飛んできた金棒を防御した時か。
ともあれ、俺の腕は、手首から三寸ほどのところで、新しい関節が出来上がっていた。
「ねえ……、痛くないの、それ」
まあ、長く生きていればそんなこともあるだろう。
「超痛え」
未だに、違和感の正体は分かっていない。
「おかえりなさいませ……、その腕は」
帰った俺を見るなり不意に、びくりと藍音が動く。
そして、ぱっと見分からないくらい若干慌て気味に、俺へと駆け寄った。
何故だか、その動作に、俺はどきりとした。
「気がついたら折れてた」
しかし、無視して俺は言う。
まあ、朝普通に家を出た人間が、腕を固めて、白い布で吊ってくれば聞きたくもなるだろう。
俺はあるがままを答え、藍音はじっと俺の腕を見つめる。
「……そうですか」
それ以上、特に藍音は聞こうとしない。
よくわかっているというか、聞いても無駄だと、諦められているというか。
「ま、三日もありゃ治るだろ」
俺は無責任に言い放った。
戦闘中なら三日で治すなんてこと言ってられないのだが、今は平時だ。
平時である以上、外法で無理に治すのはよろしくない。
無理に治すと、痒くなったり熱くなったりすごい痛かったりするのだ。
魔術でくっつけるとか、気合いでくっつけるとか、あれな薬を飲むとか色々と方法はあるが、そのどれにも代償というものがあるわけだ。
故の、俺の腕の白い布だ。下詰神聖店で治療を受けた。あれこれとあれな薬もお勧めされたが、薬と言うか、クスリだあれは。
「そうですか、お仕事は?」
「休む、っつーか……、無理」
利き腕が死んでいるのに石を積むなどと言う行為は無謀だ。
右手が駄目なら左手を使えばいいじゃないという格言があるが、それほど俺の左手は器用ではないのだ。
「そうですか、わかりました」
藍音が頷き、俺は靴を脱ぐ。
玄関から廊下へあがると、藍音は俺の半歩先を歩いた。
「ところでさ」
「何でしょう」
「お前さんと俺の関係って何だ?」
「メイドと主ですが」
藍音は、あっさりと言ってのける。早々あり得ない関係な気もするが。
しかし、千年続いた関係。これからも続くのだろう。
そう思う。
「……なんとなくしっくりこないな」
が、なんとなく、違和感があった。
「どうぞ、薬師様」
「いや、なあ。右腕使えないの分かってるならな? 手づかみで食える料理とかな?」
「気付きませんでした」
しれっと、藍音は言う。
確実に嘘だ。わかった上でやっている。
表情は変わらないが、実に楽しげに俺へと箸は迫ってくる。
本日の昼食は見事に和食。
和食。箸がないと食べれない。
俺は右腕負傷。
俺は右利き。
「では、次は口移しで」
「いや、いいから」
「い けません。骨折中は潤沢なカルシウムが必要であると同時、消化の悪さは死に直結します。医学的見地からすればよく噛まないとカルシウムの製造に支障が発生
し、それと同時に骨の修復にカルシウムを大きく取られ、他の部分が骨粗鬆症になってしまいます。そして、その上で、他人の唾液の混ざった食物というものは
通常と比べ1.4倍の消化が得られ、カルシウムの生成も平均で1.5倍になるそうです」
「……そうなのか」
「……もちろんでっち上げです」
「騙されたっ……。俺のいたいけな心は傷ついた。ぼろくそだぜひゃっほい、見事に嵌まって口移しを実行するところだった」
実に危ない。間一髪だ。
血迷わなくてよかった。
「さあ、どうぞ」
藍音が、流麗な手つきで、焼き魚を寄こしてきた。
俺はそれを口で受け取る。
相変わらず美味い。醤油の付け具合まで絶妙だ。
「に、しても、お前さんにしては随分あっさり引き下がったな」
不意に、俺は先ほどの口移しに関して口にする。
そんな言葉に、藍音はしたり顔でこう言ったのだった。
「後三日です。三日あるのですから――、焦ることはないでしょう」
……そうか、三日か。
考えると同時、卵焼きが箸と共にやってくる。
丁度食べたかったそれを口に入れて、俺は心中で嘆息した。
なんというか、分かっているというか……、完璧にわかられている。
そうして、腕が折れたおかげで、常に藍音は俺の隣にいる。
食事を終え、ソファの上に座る俺の隣には、やはり藍音がいた。
「どうぞ」
取ろうとした本は既に藍音が持っており、俺は即座にそれを受け取ることとなる。
「あー……」
「お茶です」
早い。先回りされている。
相変わらずに完璧な仕事である。
だが、大丈夫だろうか。
「しかし、あれだろ。普通の仕事もあるんだから、俺につきっきりじゃなくてもいいぞ?」
器用じゃないと言っても左手が役立たずというわけでもない、と俺は左手をひらひらとさせた。
しかし、藍音は首を縦に振らなかった。
「いやです」
「……さいで」
「これから三日、私が貴方の右腕です」
きっぱりと言って、藍音はこちらを見た。
「貴方を支えるのが、私の仕事ですから」
その瞳はまっすぐで、酷く、綺麗だった。
だから、何も言えやしなかった。
何も言わずに立ちあがる。
藍音もまた、音もなく立ちあがる。
「お供します」
「……厠だよ。厠」
「お世話します」
「お断りです」
◆◆◆◆◆◆
俺の骨が折れてから、一日が経った。
「おはようございます、薬師様」
布団の中には、藍音がいる。
先日は、それはもう世話された。容赦なく。
「……おはようさん」
既に、起きればそこに藍音がいることに違和感もない。
まずいだろうか。
まだ、大丈夫だ、と俺は自分を誤魔化して立ちあがる。
首をごきごきと鳴らして、やっとこさ、俺の思考ははっきりとしてきた。
「では、お召し物を」
俺が、立ちあがってぼうっとしている間に、藍音は俺の服を持ってきていた。
いつものスーツ上下だ。
「ズボンくらいは自分で穿く」
そう言って俺は着物の帯をほどいてズボンを着用。
「後は頼んだ」
しかし、それ以降はきつくなってくる。
ボタンを左手一つで止めるのは実に時間がかかるのだ。
「では、失礼して」
ギリギリの太さに固められた腕を、Yシャツに通し、藍音は俺の前に立った。
そして、下からボタンを閉めていく。
それらは、半ばまで閉められ、そこで不意に藍音の動きが止まる。
「どうした?」
聞けば、藍音は首をふるふると横に振った。
「……なんでもありません」
「そうか」
言ってるうちに、作業は再開され、俺はワイシャツを着て上着は羽織らず一階へと歩き出したのだった。
「薬師様……」
そうして、結局、俺はソファで本を読んでいる。
藍音は俺の隣に座っている。
俺は、不意に本を置き、藍音を見る。
いつもの無表情だ。
その無表情は、不意に俺に気が付き、蒼い瞳が俺を射抜いた。
「……薬師様?」
呼ばれて、俺は口を開くことにした。
流石にいきなり顔をじろじろと見るのは不躾だったか。
「いや、お前さん、つまらなくないか?」
暇だから俺は本を読むわけである。利き腕負傷でゲームも不可だし。
しかし、藍音は何もしていない、じっと俺の隣にいるだけだ。
俺としては、実に暇なんじゃないかと思うのだ。
「いいえ、特にそんなことは」
「本当か?」
俺は念を押した。
別に無理してまで世話をしてほしくはない。
「本当です」
だが、藍音は杞憂だと言う。
「いえ……、むしろ。幸せです」
なんでまた。
と、俺の疑問の表情を読み取ったか、藍音は口を開いた。
「……言ったと思いますが。貴方の隣は安心します」
ああ、言っていた。
綺麗な蒼い瞳は、未だ俺を見つめて、逸らされようとはしない。
そう言った顔は、決して笑ってはいないのだが、楽しげで――、思わず見惚れた。
なんつーか。
「お前さんって、美人だよな」
ぽつりと、俺はそのまんまを零した。
「……いきなり何を」
「や、そのまんまの意味だが。まあ、色んな意味でもあるけどな。見た目も、家事も完璧だしな。嫁にしたら、これほどいいことはあるまいよ」
俺が言えば、見ても分からない、少し照れた顔で藍音は俺を見ていた。
「……では、薬師様がもらってくれますか?」
「はっはっは、そいつもいいかもわからんね」
「……」
「どした?」
俺は、藍音の行動に首をかしげる。
藍音は俺の額に手を当てていた。
「いえ、熱でもあるのかと」
「いや、ないが。平常状態」
「そうですか」
藍音は、それだけ言って、俺から視線を逸らした。
俺もまた、本を取ってそちらに集中する。
「……そのようなことを言われたら、期待してしまいます」
「なにが?」
「いえ、なんでもありません」
結局、その日もずっと藍音と一緒だった。
本には集中しきれないまま、その日を終えた。
俺は、未だに違和感が拭えないでいる。
甲斐甲斐しく世話を焼く藍音が、なぜか、とても可愛らしく思えてならなかった。
何故だ。
◆◆◆◆◆◆
藍音は可愛い。可愛い奴だ。普段口に出さないが、実にそう思う。
最近更に。
いつも文句ひとつ言わずに家事をこなし、その物腰は穏やか。
拾って育てた、という理由でここまで着いてきてくれるというのは、冥利に尽きるというものだ。
そう、ずっと藍音は俺と一緒にいた。
雨が降っても、嵐の時でも。誰が死んでも、藍音は俺の隣にいたのだ。
「……って、いない時まで考えてるって。なあ……?」
誰もいない店内で、俺はぽつりと呟いた。
ここは下詰神聖店。
出かけるという下詰の代わりに俺は店番をしている。
無論一人だ。藍音の姿はない。ここしばしずっと藍音と一緒だったせいか、一人で出かけてくる、と言い残して来たのだ。
木の勘定台に、俺は頬杖をついてぼんやりと扉を見つめる。
なんとなく、居心地が悪い。
落ち着かない。
何か考えようとして、不意に銀の髪のメイドを思い出して――。
ガチャリ、と不意に扉が開いた。
「いらっしゃい……、って」
「こんなところにいたのですか」
そこにいたのは、俺が先ほど思い出した人物それそのもの。
「藍音か」
「はい。貴方のお嫁にしたいメイドランキング一位の藍音です。何をやっておいでですか」
「店番」
「……そうですか」
勘定台越しに藍音は俺を見下ろした。
勘定台に座っている俺と、立っている藍音ではかなりの上下差がある。
「で、何か入用かね」
「はい、欲しいものがありまして」
藍音は頷き、俺を見た。
「何だ? 俺でわかるものなら用意するが」
勝手知ったる人の店。昔に何度か店番はした。
ある程度はわかる。
そして、藍音は店内のものを、細い指でさし示した。
「貴方は……、幾らですか」
「……非売品だ」
なんて冗談だ。つか、連れ戻しに来たんだろうか。
「……それは残念です」
「そうか。しかし、すごい高値だったらどうするんだ?」
なんとなく、俺は冗談めかして聞いてみた。
要するに、藍音は俺を迎えに来たのだろう。多分、俺をお買い上げと言うのはそういうことだ。
そして、俺が聞けば、藍音は不意に首元のボタンを外し、徐に服を肌蹴させた。
「……私を質に入れてでも」
「やめなさい」
「貴方が欲しいです」
「売ってません」
はたして、この会話にいかほどの意味があるのだろうか。
「まあ、あれだな。帰るにも、店番はしねーとならねーから」
「では、私も手伝いましょう」
「おう? いや、別に」
「私は貴方の右腕です」
きっぱりと、藍音は言った。
俺の方が折れる。手伝ってもらうこと自体は助かるしな。
「そうかい、じゃあ頼む」
「はい」
「いらっしゃいませ」
笑顔も何もあったもんじゃない、下詰神聖店。
接客は適当でもあまり問題ない。
お客様は神様というよか、店主様の方が神様である。
というか、誰も接客の対応なんて気にやしない。
偏屈で人付き合いなんて出来たもんじゃなかったり、無駄に悟っていたり。
良くも悪くも細かいことを気にしない人間ばかりだ。買えればそれでいいのだ。
そんな客の一人は軽薄そうな男だった。
「あれ、下詰は?」
「店主は不在です。対応でしたら私がしますが」
「お、メイドさんが? えっとだな――」
俺は、勘定台から、二人の会話を眺めている。
「はい、こちらです」
「おお、ありがとうっ。ところでメイドさん」
不意に、男の手が、藍音の尻に伸びる。
「ちょいとお客さん」
俺は男の手を掴んでいた。
「残念ながら彼女は非売品だ」
「ははは、すいません、つい出来心で。それじゃ」
笑って、男は去っていく。
「薬師様」
「んあ?」
「別にあの程度……、薬師様がわざわざ止められずとも」
「まあ、不快な助平ではなかったが」
俺は苦笑交じりに藍音に言った。
「藍音は駄目だ」
「……薬師様。貴方は本当に」
「なんだ」
「すけこましです」
「……なんだ」
その日は、生きてる左手をつないで帰った。
もしかするともう俺は駄目なのかもしれない。
◆◆◆◆◆◆
布団の上で、目を瞑る。
思い浮かぶのは銀髪の従者のことだ。
ここ三日、ずっと一緒に居たせいだろうか。
寝ても覚めても、藍音のことばかりだ。
主の俺と、メイドの藍音。
千年も続けてきた関係なのに、ここにきて違和感が拭えないのは何故であろうか。
俺はおかしい、どうしたのだろうか。
「なあ、藍音。俺とお前さんって主とメイドでいいんだよな?」
隣に眠る藍音に問う。
「はい」
肯定の声
だが、違和感は消えなかった。
むしろ、さらに募るばかり。
「そうか」
声色は、少し堅かったかもしれない。
それを、藍音に悟られた。
「私に、不満が?」
少し悲しげな声だ。
相も変わらず彼女の感情は俺にしかわからない。
俺にだけ、わかる。
「いや、ない。ないんだが」
呟いたら、藍音は不意に身を起こした。
「ここ数日の貴方は……、変です」
ああ、分かっている。
俺が一番わかっているのだろう。
前さんのあの問いから、俺は変だ。
「私が……、嫌いになりましたか?」
寝ている俺に覆いかぶさるようにして、藍音は俺を見た。
「いや、違う」
悲しげな瞳である。
一寸ほどの違いもないが、その瞳は悲しげに揺れているように見えた。
そんな顔をさせたかったわけでは、ない。
「私は鬱陶しいのかも知れません。そんな私を貴方は嫌うかも知れません」
いや、そうじゃない。
「ですが」
一度、藍音はそこで言葉を切る。
そして、俺を見ながら、言った。
「――愛しています。誰よりも、何よりも、貴方だけを」
そう言った顔はどきりとするほど綺麗で、俺は目を逸らせなかった。
「家族として、従者として、そして。女として、あらゆる愛を貴方に、貴方だけに」
藍音は俺だけを見つめている。
「だから、せめて、お傍に――」
なんとなくわかった。
俺は、藍音の声を遮る。
今にも泣きそうな彼女を。
悲しげなまま俺を見つめる彼女を。
「お前さんは俺の隣にいると安心すると言ったな?」
「……はい」
ああ、なんというか分かってしまった。
簡単なことだ。
「その時、俺はこう返したよ。お前さんの隣だと落ち着くってな」
まあ、なんというか。
「やくし……、さま? っ――」
俺は、唐突に、藍音を抱きしめた。
これ以上顔は見せていられない。
俺は、困ったように目を閉じた。
「後は――、察しろ」
我ながら恥ずかしいことこの上ない。
もしかすると顔は赤いやもしれない。やはり、こんな顔見せられる訳もなし。
俺はぎゅっと更に藍音を抱きしめた。
「……やくしさま」
「なんだ」
俺は、ぶっきらぼうに返す。
対する藍音の声は、少し震えていたように思う。
藍音が漏らした言葉。
「こんなことをされては……、勘違いしてしまいます……」
そんな藍音が、可愛くて仕方がない。
本当どうしようもない。手遅れだ。
でも、それでいいとすら思っている。
「……好きにしろよ。訂正しないから」
「……いいのですか?」
「いいさ」
恥ずかしさのあまり、俺は藍音には見えていないにも関わらずあさっての方向を向く。
「そう、あれだ。メイドと主なのはいいんだ」
つい先ほど分かった違和感の答え。
ぶっちゃけると。
「ただな、そう。それだけじゃ物足りないんだ」
とっくの昔に、参ってたのさ。
藍音はずっと俺と一緒にいた。どんな時も、だ。
誰が死んでも、何があっても一緒にいてくれた。
そんな藍音との関係を、メイドと主で片付けたくない。
「だから、一度だけしか言わんぞ」
「……はい」
「本当に言わないからな。二度言えとかなしだぞ。言わんぞ」
「はい」
「だからちゃんと聞くんだぞ」
「はい……」
「いいな?」
「はい」
「前、俺はお前に幸せになれって言ったけどな?」
俺は、藍音の頭を胸元に納めて、ぽつりと、空気にぼやかした。
「あれ、訂正な」
ああ、なんて恥ずかしいのか。
こんなこと今更言わないとならないこの身が恨めしい。
俺は苦虫を噛み潰したような顔で、言ったのだ。
「――お前さんを幸せにしたい」
言ったら、何故だか笑っていた。
好きだとも、何が悪い。もう手放せそうにない。
藍音は一向に返事をしなかったが――。
ぎゅっと握られた俺の服の湿った胸元が答えだった。
「あーもう、あれだ。鬱陶しいとかないから、どんどん来いよ」
「今日から、そうさせていただきます。口移しも、させてもらいます」
「それは……」
「……駄目ですか」
「……たまに、な」
「はい」
「ああ、もう。いっそな……、お前さんが隣にいないと落ち着いて寝れんくらいにな。してくれりゃいいさ」
「薬師様」
「なんだ」
「愛しています」
俺は、そっぽを向いた。
「知るか」
「……薬師様は?」
「……察しろ」
「では……、私の好きなように解釈いたします」
「……好きにしろ。恥ずかしいことに、多分寸分違わねーから」
◆◆◆◆◆◆
「おはようございます、薬師様。愛しています」
「朝から唐突だなおい」
結局何が変わったのかと言われれば、さして変わっていない。
結局俺と藍音は、従者と主。
ただまあ。ちょっとだけ。
「もう、この気持ちを抑えられませんから。……貴方のせいです」
ぎゅっと、胸元に抱きしめられる。
「むぐ」
従者と主に追加して。
「薬師様は私を愛している。そう思っても構わないと、貴方は言ってくれました」
「……やっぱ訂正するわ」
俺は言う。
「……俺はお前さんだけを、誰よりも愛しているんだ」
そう、従者と主に追加して、新たな関係を。
俺はぶっきらぼうに言うだけ言って、そっぽを向いた。
「薬師様?」
「うるせー、何も言うな。柄じゃないのは百も承知」
従者と主、男と女、恋人同士。
「ああもう……、それでも好きで、愛してるんだから、手に負えんのよなぁ――」
呟いた言葉は朝のさわやかな空気へ溶けた。
なぜか、藍音は胸元を抑えて俺をじっと見つめている。
「……もしかすると、耐えられないかもしれません」
「何にだよ」
「幸せに」
「俺もだよ」
今にも顔から火を噴きそうだ。
そんな俺の口元に、不意の感触。
藍音だ。他にいない。
俺は半眼で藍音を見つめる。
「いきなり何だ」
「次は……、薬師様からどうぞ」
「できるか、んな真似」
「……幸せにしてくれるのではなかったのですか?」
そう言った藍音は、捨てられた子犬のようで。
「ぬぐぐ」
俺は負けた。
負けたとも。いとも簡単に。
まあ、うん。
負けてもいいと思っていたのが敗因か。
だとすると――。
この先俺はずっとぼろ負けなのだろう。
「満足か?」
「いいえ。もっと、……お願いします」
そう、既に。
もう簡単に二敗目だ。
ああもう手遅れだとも。
どうしようもない。手の施しようがない。
酷く甘い敗北。
きっと永遠に勝てないだろう。
「……やくしさまは。ずるいです」
不意に、俺にもたれかかる藍音。
藍音の方がずるい。俺が何をしたというのか。
「まったく……、おさえがききません」
ああ、そうかい。
お互い様か。
お互い、きっと永遠に、お互い勝てないままなのだ。
「……本当に手遅れだな。お前さんが可愛くて、仕方がない」
俺は溜息を一つ。じっとしてられないほどには、まあ、あれだ。
明らかに手遅れで、どうしようもない。
だが……。
まあいいか。
「お前さんは」
「はい」
「ずっと傍にいろ」
「はい」
「そしてたまに――」
「はい」
「――笑ってくれたまえ」
「――はい」
―――
薬師式超告白
「察しろ」
さて、藍音さんに遂に撃墜されました。
もうテンションが変だ。脳髄が飛び散りそうです。腕が暴走状態。